観光イノベーションで地域を元気に

観光の「日常」化に向けて

2018/06/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─オンライン繁盛店の共通点─

1.パンと日用品の店「わざわざ」

長野県東御市御牧原。畑のなかに人家がポツリポツリあるだけの山の上にパンと日用品の店「わざわざ」がある。売っているパンは食パンとカンパーニュだけなのに遠方からわざわざ訪ねて買いにくる方も少なくない知る人ぞ知る店だ。2009年に平田はる香さんが一人で始めた店も、2018年4月現在13人が働く会社となり、年間売上は230万円が1億8千万円にまで伸びた地方創生の旗手のような企業である。

「わざわざ」の経営には、現代風の新しいやり方が詰まっている。詳しくは、オンラインショップにリンクされている平田さんが経営について書き記したnoteをご覧いただきたいが、いくつか私もうんうんと同感したポイントを紹介しよう。

1つめは、消費者が本当に欲しいものに限って品揃えをし、造り込んだ世界観を自ら発信している点である。当初、東京で始めたパンの移動販売では20種類以上のパンを売っていた。しかし、チョコレートパンをデザート代わりに買っていく常連客がだんだんと太っていくことに気づき、自家製酵母や国産小麦粉などヘルシーで健康志向の2種類の食事パンだけに絞り込むことにした。その間、多くの顧客を失ったが、「パン=食事」だと認識する方がいることを信じてパンのクオリティを上げていった。

そして、自らの世界観を伝えるため、世界的なインスタグラマーに刺激されながら一眼レフカメラで撮影した日常をSNSで発信し続けていった。自分が「本当に伝えたいこと」が消費市場とうまくマッチングし、「あったらいいな」と思う消費者とうまくつながっていったのだと思う。その思いが伝わるためにも、自分が納得できるクオリティの写真はつくづく大切だと感じた。

2つめは、「わざわざ」の働きかたである。「わざわざの働きかた」をまとめて自主発行した本4,000冊はあっという間に完売。そのうち、本を読んだ方々50人が、ボランティアで「一日しごと体験」にやってきて、多様な個性のなかから何人かが社員としてスカウトされた。まさに、インターンシップ制度である。その際の採用基準はスキルではなく「楽しく働ける気の合う仲間」かどうか。その点はスキル採用に偏っている世のほとんどの企業の本音も同じだろう。

いつでも好きな時間に働けるアルバイトの自由出勤制もおもしろい発想だが、もっと先進的なのが「評価しない人事制度」だ。仕事に優劣はないという発想の下、全員給与は一律24万円。リーダーになると手当があるが、あとはボーナスで加算していくというやり方だ。もっと稼ぎたいなら副業や転職もよし。それよりも楽しく働ける人材インキュベーター(孵化器)となればよいという発想ならば、観光業も大いに参考にすべきではないかと思う。

3つめは、時代に合わせて販売プラットフォームを変えていったこと。商品を販売するプラットフォームには「オフライン」と「オンライン」がある。当初はオフラインで始めた店もオンラインに完全シフト。この時点で、消費者のいる場所で販売する必要はなくなる。また、広い商圏を対象として販売することが可能となる。そして、その商品で山の上にある店が消費者とつながることにより、わざわざ訪れる訪問者が増えるという観光効果も生む。

逆説的かもしれないが、私は、これからの時代には宿泊業のような観光業も「消費者とつながるための商品」を持つ必要があると思う。客がくるのを待つだけではなく、商品のオンライン販売で商圏を広げ、自社の個性と特徴をピンポイントで知ってもらうことである。その商品とは「消費者が本当にほしいもの」である必要があるが。

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地域観光政策の転換を

2018/05/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─客数よりも所得を伸ばす─

1.客数を追わないビジネス

2018年6月、住宅宿泊事業法が施行され、民泊が正式に登録宿泊施設としてスタートする。その一方で、ヤミ民泊も消えないことから、既存の宿泊業界は民泊に対する疑念の声を緩めない。民泊の流通チャネルとして、ホストとゲストをつなげる役割を果たすAirbnbはホテル業向けのOTA(オンライン旅行会社)に比べ、3%という低い手数料率でホテル予約ビジネスへの参入を開始した。ライドシェアビジネスのUberもタクシー業界からの批判を受けつつも、じわり世界じゅうで市場を広げつつある。

こうした現象は「シェアエコノミーの台頭」とひと言で片付けられているが、それだけではなく、「できるだけ多くの『客数』を必要とするこれまでのビジネス」と「必ずしも『客数』は最優先ではないこれからのビジネス」の両方が登場し、混沌とし始めたと考えることもできる。

ホテル・旅館、OTA、タクシー等は「客数を必要とするビジネス」で、民泊、Airbnb、Uberは「客数は最優先ではないビジネス」だ。

時代が、「総人口も生産人口も増えた時代」から、「総人口も生産人口も減少する時代」へと大転換をしつつあることが要因だ。

国連の統計だと、経済成長した先進国の人口は頭を打つが、インド・アフリカといった国々の人口が爆発的に増えるので、21世紀の人口は増える(観光客も増え続ける)というシナリオになっているが、今のシナリオなら、2040年頃には日本の観光地はインドやアフリカ人で溢れていることになる。ただ、その前に小さな島国の日本はパンクしているはずだ。今後も観光客が増え続けることができるのは、人口が増える国々の地続きの「隣接国」だ。欧州でも観光客の過半数は、隣国からの日帰り客だ。

日本における観光政策としては、物理的限界のある島国で客数を増やすことを考えるよりも、観光により国民所得を上げるという方向を目指すべきだと思う。ちなみに、シェアビジネスは皆「副業」だ。効率的に所得を上げようという人々が関わっている。

しかし、まだ観光客数が増え続けることを前提とした右肩上がりの20世紀型の観光計画を目にすることが多い。総人口が減少する時代に観光客数を増やそうとする場合、他の地域の減少分を奪ってくるしかない。国民所得が増加しない経済構造の時代には、所得向上につながる「新しい旅のスタイルを創造する」以外に地域が豊かになる方法はないと思うのだが、そうした計画は少ない。

この20年間で国内旅行消費は30%も減少したが、旅館業の客室数も30%減った。そのため、残った旅館の方々は「(自分の旅館は)それほど減っていない」とおっしゃるが、それは、消えた旅館の需要を奪ってきたに過ぎないのだ。

今後、イノベーションなき右肩上がりの地域観光計画は、減りゆく観光客の奪い合いに発展し、日本の観光総需要の減退につながり、地方創生の理念とは真逆に進むおそれが高い。奪ったほうは右肩上がりになったと錯覚し続けるが、奪われた地域からは需要が消滅する。

現時点では訪日外国人が増加しているので、何とか助かっている。しかし、日本には地続きの隣接国はなく、受け入れるにも物理的な限界がある。今後、「観光客は減っていく」ことを前提に計画を作るべきだと思う。

しかし、悲観することはない。「客数」を追わなくてもよいビジネスを創造すればよいのだ。

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地域力向上に向けて

2018/04/02 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─鳥羽商工会議所の取り組み─

1.商工会議所による観光地活性化

三重県鳥羽市。志摩半島北東部に位置する観光の町は、風光明媚なリアス式海岸に囲まれ、そこかしこに牡蠣筏が浮かぶ。伊勢海老やアワビの漁獲高も多く、海鮮料理を目当てに、水族館、真珠島見学や伊勢神宮参拝を兼ねて宿泊する団体客も多い。というか、多かった。ところが、時代は変わり、一世を風靡した団体客は消え、負債を抱えて休廃業する旅館も目立つようになってきた。ピーク時には700万人いた観光入込客数は400万人に、100万人いた真珠島の入場者も20万人まで減少した。

代わりに増えたのが個人客。個人客が日々訪れ、今や市内で水族館に次ぐ入込数を誇るのが「神明神社」だ。神明神社は鳥羽市の東部「相差(おうさつ)」地区の鎮守社だが、その一角に「石神さん」と呼ばれる小さな祠がある。その祠は海女が信仰し、漁に出る前に安全を祈願して石ころを入れたお守りを腰に下げたことから「女性の願いを一つだけ叶えてくれる」社として、噂が広まった。そして、今では立派になった神社に、多くの女性が参拝し、お守りを求めていくようになった。個人客は「自分自身のご利益につながる物語」を求めている。

仕掛けをしているのは、鳥羽商工会議所だ。黒子として地域の事業者を束ね、一般社団法人相差海女文化運営協議会を組成し、町内会や漁協、観光協会とも連携しながら、海女文化を保全・継承している。海女が採ってきた魚介を囲炉裏でもてなす「相差かまど」、石神さんの参道にあった古民家を再生したカフェ「五左屋」などを運営し、観光まちづくりを推進するDMO候補法人にも登録した。

中小事業者の経営について熟知する商工会議所が地域再生に深く関わり、観光地活性化を主導していることがポイントだ。これまでの観光地活性化は、観光協会や旅行会社の誘客プロモーションに依存していた面がある。しかし、それでは、旅行会社への営業力があり、価格競争力のある旅館に需要が偏り、民宿などの小規模事業者は後手に回ることが多かった。

ところが、相差では民宿のような小さな宿が元気いっぱいなのだ。その背景には、商工会議所の小規模事業者へのハンズオン支援が隠れている。

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リピーターの重要性

2018/03/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─OODAループを試してみよう─

1.「松之山温泉ふぇすてぃBAR」最終回?

2014年冬から4年続けて十日町市の松之山温泉で実施してきた「松之山温泉ふぇすてぃBAR(バル)」も今年区切りの回を迎えた。このイベントは、地域の方々がイベントの少ない冬に町を盛り上げようと、神奈川県にある文教大学井門ゼミナールと連携して企画・実施してきたイベントである。全国各地でも展開されている、店舗一軒につき一品一杯が提供され、ハシゴ酒をしながら飲み食べ歩く「バル街」を参考に、温泉街の旅館と飲食店が参加して、毎年2月に二夜連続で飲み歩くイベントだ。来店客の多くは地元の関係者(スキー学校、市役所、学校の先生、農家の方々等)だったが、近年はどこで噂を聞いたのか、当日温泉街にお泊まりの宿泊客の皆様も参加するようになってきた。学生も、かまくらバーや古民家で酒肴をふるまい、今冬は100名のお客様がチケットを買い求め、ハシゴ酒を楽しんだ。

「来年もまたやってね」。毎年お客様からそういわれるようなイベントになぜ区切りをつけるのか。筆者が同校を来年度で退任しゼミナールがなくなるという事情もあるが、最大の理由は、地元の方々の負担と思いに比べて「リピーター」が生まれなくなってきたためだ。この点は、イベントを持ち掛けた筆者にしても、やや責任を感じていた。

「リピーター」といっても、ハシゴ酒を楽しみにこられる地元のお客様ではない。毎年、イベントの主役として活躍する大学生の温泉地への「リピーター」がいなくなってきたのだ。初年度に実施した際に参加した学生は、社会人になっても何人もが4年連続して来湯してくれている。今年も、次回はカレシを連れてくると温泉街の皆様にも約束してくれた。しかし、2・3年目の学生はその後一人も松之山温泉を訪れていない。「訪れる理由がない」から再訪しないのだろう。

再訪する1期生にあったのが「達成感」だ。リーダーがうまくまとめることにより、仲間のなかでつながりが強まり、地域の方々とも仲良くなる。その結果、生まれる達成感と「また会いたい」という動機が再訪を促す。2・3期生は続けてリーダーが現地でインフルエンザに罹るという不幸もあったせいか、まとまらず、うまくリピーターにつながらなかった。

スキーにしても、イベントにしても、旅全般にしても、「旅の達成感」があるとリピーターに結びつく。それは、偶然の出来事を含めて「人とのつながり」が生まれることが重要だと感じている。

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地域経済循環を生むために

2018/02/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─秋田県の挑戦─

1.秘湯をコンテンツに

秋田県北部にある大館市の天然秋田杉林のなかに、120年にわたり湯治客に親しまれた「日景(ひかげ)温泉」という一軒宿がある。アトピー等の皮膚炎が3日で治るといわれ、温泉は「霊泉」として多くの客を集めていた。ところが、酸性度の高い硫黄泉をかけ流す宿だったせいもあり、積年の建物の老朽化から、2014年夏、多くの温泉ファンに惜しまれながら長い歴史の幕を閉じることになった。

しかし、ファンの声が届いたのか、経営者として、地元で割烹を営む飲食業者が名乗りをあげ、2017年、3年ぶりに再開を果たした。前経営者から引き継いだ新たな日景温泉は建物を全面リニューアル、単価も倍以上にアップした。従来の湯治客は日帰り温泉で受けつつも、国内外の富裕層など新たな顧客層の開拓を計画している。

ここまで聞けば、美しいホワイトナイトの登場による美談として終わるだろう。もちろん、地域の名湯を再生しようと自ら手を挙げた地元愛と勇気には頭が下がるばかりである。

実はこのプロジェクトには、秋田の「秘湯」をコンテンツとして国内外に発信していこうという秋田県の戦略が隠されている。

全国的に訪日外国人が増加しているなかにあって、秋田県の外国人旅行者数は都道府県下位から数えたほうが早く、東北では最下位。しかし、隣県をみるとストーブ列車であったり、スノーモービルや農家民泊であったり、外国人を引きつけるコンテンツが当たっている。最近では、秋田犬の人気が急上昇中ではあるが、それだけでは心もとない。それに隣県には、大規模な温泉地があり、受入れ体制も整っている。一方の秋田県は、小規模な宿ばかりだ。

しかし、秋田県は秘湯王国で、乳頭温泉郷、玉川温泉、男鹿温泉郷、小安峡(おやすきょう)温泉など個性的な温泉が数多くある。ただ、その多くは地元の湯治客を長らく相手にしてきたせいもあり、都市部の消費者や外国人旅行者を受け入れるには施設的に十分とはいえなかった。インバウンドを推進し、広い商圏の新たな顧客層を開拓するうえで、何とか施設をリノベーションしたい。それは、事業者とも思いは一緒だった。

そこで、秋田県では、総務省の地域経済循環創造事業交付金(ローカル10,000プロジェクト)を申請・活用し、産学金官の連携により、事業の「初期投資」に充当する最大5千万円の経費を捻出し、事業者を支援することとした。日景温泉もそのうちの1件である。

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2018年旅のトレンド予測

2018/01/04 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─「観光客」から「関係人口」へ─

毎年1月号の本コラムではその年の旅に関するトレンド予測を書いている。昨年は、「ARアプリ」「DMC」「旅館のチェーン化」「ゲストハウス」「瑞風・四季島」がくると予想していた。若干、外しているような気もするので、今年はちょっと真面目に考えてみた。

第5位 関係人口

2018年は「関係人口」という概念があちこちで聞かれるようになるだろう。関係人口とは、その地域に居住はしていないけれど、出身地や勤務経験地だったり、知り合いがいたり、地域と何らかのつながりがあって時々通うような「ゆるい関係」を持つ人たちのこと。国の会議でも使われるようになってきた言葉を最初に使ったのは、「東北食べる通信」編集長の高橋博之さんだといわれている。観光でも定住でもなく、その間にいる方々を指す。「関係人口をつくる」(木楽舎)を著したローカルジャーナリストの田中輝美さんによると「地域のシェアハウスに住んでいて地域に関わるディレクター」「都市で地域のPRをしてくれるハブ的存在」「都市暮らしをしながら地域にも拠点を持つダブルローカル」「その地域が好きというシンプルな関係」があるという。実はゆっくり新潟を観光したことがないのだけれど、八珍柿には目がなく、時々温泉で癒され、冬にはイベント企画もあり、何だかんだといって年に10回は新潟県に通う筆者も関係人口の一人だ。

今、地域振興の世界では「プロモーション」という言葉が急速に時代遅れになりつつある。代わって登場した言葉が「ブランディング」だ。観光地(モノ)を無理やり売るのではなく、関係人口(ヒト)が資源となり、「あの人の通っているところ、いいな」と思わせる力をいかに持つかが2018年以後の地域力となることだろう。

第4位 コ・ワーキングスペース

関係人口の目的地の一つが、「第二の仕事場」になる時代がきた。すでにニューヨークやパリといったクリエイティブな大都市やアジアのリゾート地では、コ・ワーキングスペースを持つ「リモートオフィス」が当たり前の存在になりつつある。コ・ワーキングスペースとは、様々な職種の方が同じワークスペースで一時的に仕事をするレンタルオフィスのこと。ノートパソコン一つとネット通信環境さえあればどこでも仕事ができる時代になり、昨年あたりから都市部で急激に増えている。WeWorkという米国発のリモートオフィス展開企業も日本進出が決まったし、新宿のヒルトン東京の地下は巨大なリモートオフィスになっていたり、京都ではノマドワーカー専用のホテル「ザ・ミレニアルズ」が評判になっていたりする。若者がよく泊まるようなゲストハウスには、コ・ワーキングスペースは必ずといってよいほどある。

おそらく、2018年からは地方にもコ・ワーキングスペースが登場してくるだろう。世界的にもフリーランスで働く人口は30%を超え(日本では約20%)、労働生産性向上のため、オフィスワーカーも働く場所や時間を定めない働き方も定着しつつある。日本の働き方改革はまだ緒に就いたばかりだが、いずれ世界に追いつくときがくるだろう。温泉旅館から団体客が消え、宴会場を食事処に変えていく時代から、今度は温泉旅館から日本人シニア客が消え、廃業旅館や古民家をコ・ワーキングスペースとしていく時代がやってきた。

第3位 素泊まり宿

全国各地の有名温泉地で素泊まり宿が増えている。それも、リノベーションして快適な客室を備え、朝食は老舗旅館がプロデュースしていたりする、ハイクラスな素泊まり宿だ。例えば、玉造温泉では佳翠苑皆美が廃業旅館を買い、素泊まり式の温泉ゲウトハウス「翠鳩の巣」を造った。あるいは、湯田中温泉では、創業210年の老舗よろづやが休業旅館の調理場以外を賃借して「加命の湯」を開業した。いずれも宿泊料は1万円以下で、客層は老若男女様々だ。なぜ、素泊まり宿が増えているかと推察すると、町なかに閉館した旅館があることが景観上マイナスになるということや、デフレが長く続き客単価が下がっているという事情もあると思うが、最大の魅力は、旅館が二館目、三館目として素泊まり宿を造ると、単純に利益率が高まるからである。

旅館業にとって大きなコストが食事提供コストだ。舌の肥えた消費者が満足する料理を一品ずつ提供しようとしたとき、料理原価と人件費が販売単価に比してとても大きくなる。といって、食事提供をやめるわけにはいかない。そうしたときに、「別館」として食事提供をしない(調理場を持たない)素泊まり宿を持っていると、稼働の高い客室が増えることとなり、旅館として利益率が高まるというわけだ。昨年観光庁が「温泉地に『泊食分離』を導入する」と発表した裏側には、こうした背景もあると思う。

利益率が高まる事業計画があると、金融サイドもメザニンファイナンス等投資性資金の検討もしやすくなる。旅館企業の自己資本比率が高まれば、地域金融の融資実行可能性も高まり、新たな温泉地づくりに向けた展開もできる。コ・ワーキングスペースで働くリモートワーカーたちが泊まるのも素泊まり宿になることだろう。

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地方創生のジレンマ

2017/12/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─滞在型観光に行きつくまで─

1.観光という言葉の違和感

「観光」という言葉に違和感を感じるようになってから久しい。「観光」に関する仕事をしていますといえば、概ねよい返事はない。それは「観光」といえば、これまでの大量販売を指すマス・ツーリズムを想起させるためである。「観光ですか。でも今はもうそんな時代じゃないですよね。地域の時代ですから」とか。

大学で「観光」を教えていますといえば、専門学校と何が違うのですか、と問われるのがオチだ。それほどまでに「観光」という言葉には垢がついてしまった。そのため、世間でも「ツーリズム」と言い換えたりするケースが少なくない。

地方創生の文脈でも、観光という言葉はあまり受けがよくない。DMO(自主財源を確保しながら地域観光マネジメントをおこなう組織)と観光協会の何が違うのか、という本音をぐっとこらえ、「DMOを主体として産学金官の新しい枠組みのなかで地域の関係人口の増加に資する先進的かつ横展開する取り組みを行なう」等といわねば交付金は取れない。観光という言葉をあまり使わないほうが受けがよい。

なぜか。

それは、観光産業をはじめとする接客サービス業の利益率や労働生産性は低く、事業としてみられていないためだろう。日本の労働者の賃金が上がらないのも、サービス業への労働シフトが進んだせいだという論もある。観光など、サービスオペレーションさえ理解していればできるわけで、大学でわざわざ学ぶ学問ではないという意見も少なくないだろう。観光はその程度のものなのか。そう思うと「観光」という言葉を使うことがはばかられるようになった。

しかし、あえて「観光」を使い続けている。新しい時代の「観光」をつくることでしか、観光という言葉の誤解を解けないためだ。

2.利益一辺倒が正しいのか

たしかに、観光を代表する旅館業を例にとっても、その利益率は高くない。それもそのはず、そもそも地域の旅館業は、利益よりも、地域に雇用を生み、地域の食材を使い、地域にキャッシュをもたらすハブとして、不動産等の資産を担保にできる地域の名士が行なっていた事業だからだ。利益を生んで税金を払うくらいなら従業員の報酬を上げたい、そう思っていた企業が多いのではないか。しかし、現在ではROA(総資産利益率)やROE(自己資本利益率)が企業成績の評価基準となっている。もう時代が違うのだ。

現在では、国の補助金を使うために、金融機関もリスクを負い、無担保無保証で融資を行なわなくてはいけないケースも増えてきている。そのためには相当の事業性と利益創出力が必要だ。そうした事業がこれまで利益を最終目的としなかった地域事業者にできるのか。

たとえそれが都市の事業者のようにできたとしよう。しかし、日本人労働者の報酬が20年間下落の一途をたどった背景には、企業の内部留保の増加があったように、利益が地方創生に資する雇用や報酬増に直結するのかを問いたい。なぜ、企業が内部留保を蓄積するのか。内部留保課税をするという意見もあるが言語道断。それは、国の行く末が不安だからに他ならない。経済がまた破綻するおそれがあるからこそ、内部留保を蓄積していると思う。利益一辺倒、株主還元一辺倒の世のなかに不安だからに他ならないのではないか。

3.若者のほうがマシなのか

日本は敗戦国からいつまでも復活ができない。1971年に変動相場制が導入されて基軸通貨国の思惑通りに世界が動かされ、ユーロのような団結もできず、マネタリストによるマネーサプライでしか操作ができなくなっている。残された道は、利益を生み、GDP(国内総生産)を上げ、プライマリーバランスをゼロにすることだが、理屈通りにはうまくいかない。

そこで今、必要なのは「イノベーション」だといわれているが、手っ取り早く言い換えれば、「できないならプレーヤーを交替させること」だとも思われている。総務省の事業に、「次世代コラボ創業支援事業」という事業予算がある。これは、高校生や大学生のアイデアを事業に活かし、地域密着事業を創造し、こうした若者を地元に定着させよという事業だ。若い世代の意見を参考にせよというのはわかるが、今のままでは人材は集まらず、経営は成り立たないから若い世代の意見を聞けと言われているに等しい。

この事業のせいかわからないが、大学あてに「コラボさせてほしい」という企業が増えてきた。しかし、残念ながら、高校生や大学生のアイデアを事業に活かし、どれだけ利益を生む事業ができるのだろうか。ただでさえ社会経験の少ない若者をこれ以上図に乗せてどうするのだろう。若者に必要なのは、社会で生きていけるだけの力、それは主体性であり、ねばり強さであり、社会性であり、そうした力を養っていくことがまずは必要ではないか。地域で自分の意見が通るという経験を通じて、自己肯定感を育もうという配慮は有難いのだが、後から「こんなはずじゃなかった」という、本来社会で育むべき基礎力に欠ける若者を量産するのだけは阻止したい。

観光を学ぶ学生は、若い頃に観光地で学び、働き、いったんどこに就職しようとも、そこで培った社会人としての基礎力が活きて、立派な社会人となる。観光を学んだ学生は社会人基礎力が高いといわれ、いざとなれば観光地に戻り活躍する候補者となる、というくらいの余裕が欲しい。

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「コ・ワーキング」が創る滞在型観光

2017/11/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─ハブ&スポーク型観光の提案─

1.世界中でコ・ワーキング

タイ南部クラビー県のランタ島は、マングローブが生い茂るジャングルと真っ白な砂浜が続く、日本ではまだ知られていないリゾートだ。日本でいえば奄美大島あたりにあたるだろうか。

この地に、Ko Hubというリゾート型リモートオフィスがある。周辺のゲストハウスやコテージに泊まりながら、クラウド上のデータとパソコンを相手にここで仕事をしているのは、世界中から集まったコ・ワーカーたちだ。彼らの所属や職種は様々。共通するのは、本国を離れ、創造力の必要な仕事を持ち出し、自分の秘密基地でワークとライフの境目なく過ごしていることだ。ビーチではいつでもダイビングに興じることができ、近くの動物福祉センターで犬をレンタルして、散歩のボランティアもできる。簡単なランチはオフィスで提供され、夕食はコ・ワーキングの仲間たちと付近のレストランに出かけていく。彼らのなかには、Ko Hubにしばらく滞在した後、チェンマイやバリ島のオフィスに移動して働く旅人もいる。「コ・ワーキング」とは、自己裁量で仕事のできるビジネスパーソンがリモートオフィスに集まって働くスタイルのことだ。

アジアにはこうしたリモートオフィスのアライアンスが組まれ、そこで働く数千人のコ・ワーカーたちのネットワークがいくつもある。なかでも、1年で12もの都市を旅しながら、その土地のリモートオフィスで働く、「働きながら旅をする」人たちのためのパッケージプログラム “Remote Year”(remoteyear.com)は時代の先端をいく。年間5千ドルを払えば、オフィスや交通の手配をすべて代行してくれるプログラムで、組織で利用しているところもあるという。

日本では、京都のホテルミレニアルズがプログラムに参加している。その名のとおり「ミレニアル世代(1980~90年代生まれ)のためのホテル」をコンセプトとし、館内のコ・ワーキングスペースと、自由に使えるキッチン・食堂とバーがロビー代わりだ。夜寝るまで共用スペースで仕事をしたり会話をしたり。「スマートポッド」と呼ばれるベッドルームは固定扉のない簡易なキューブ型。目隠しのスクリーンを下ろせば、内側のベッドから動画をみることができる作りになっていて、とても斬新だ。

日本にいると、世界の動きについていけていないと感じるときがある。コ・ワーキングの動きもまさにそのひとつ。決められた職場で決められた時間に働き、出張や研修先で休暇を取る「ブリージャー」というスタイルや、休暇先で仕事をする「ワーケーション」という働き方にはほとんど縁がなく、プレミアムフライデーになるとパソコンをもって近くのカフェで時間をつぶすのが関の山の日本のホワイトカラーたちは、すでに世界に乗り遅れつつあるのかもしれない。

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