観光イノベーションで地域を元気に

地域力向上に向けて

2018/04/02 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─鳥羽商工会議所の取り組み─

1.商工会議所による観光地活性化

三重県鳥羽市。志摩半島北東部に位置する観光の町は、風光明媚なリアス式海岸に囲まれ、そこかしこに牡蠣筏が浮かぶ。伊勢海老やアワビの漁獲高も多く、海鮮料理を目当てに、水族館、真珠島見学や伊勢神宮参拝を兼ねて宿泊する団体客も多い。というか、多かった。ところが、時代は変わり、一世を風靡した団体客は消え、負債を抱えて休廃業する旅館も目立つようになってきた。ピーク時には700万人いた観光入込客数は400万人に、100万人いた真珠島の入場者も20万人まで減少した。

代わりに増えたのが個人客。個人客が日々訪れ、今や市内で水族館に次ぐ入込数を誇るのが「神明神社」だ。神明神社は鳥羽市の東部「相差(おうさつ)」地区の鎮守社だが、その一角に「石神さん」と呼ばれる小さな祠がある。その祠は海女が信仰し、漁に出る前に安全を祈願して石ころを入れたお守りを腰に下げたことから「女性の願いを一つだけ叶えてくれる」社として、噂が広まった。そして、今では立派になった神社に、多くの女性が参拝し、お守りを求めていくようになった。個人客は「自分自身のご利益につながる物語」を求めている。

仕掛けをしているのは、鳥羽商工会議所だ。黒子として地域の事業者を束ね、一般社団法人相差海女文化運営協議会を組成し、町内会や漁協、観光協会とも連携しながら、海女文化を保全・継承している。海女が採ってきた魚介を囲炉裏でもてなす「相差かまど」、石神さんの参道にあった古民家を再生したカフェ「五左屋」などを運営し、観光まちづくりを推進するDMO候補法人にも登録した。

中小事業者の経営について熟知する商工会議所が地域再生に深く関わり、観光地活性化を主導していることがポイントだ。これまでの観光地活性化は、観光協会や旅行会社の誘客プロモーションに依存していた面がある。しかし、それでは、旅行会社への営業力があり、価格競争力のある旅館に需要が偏り、民宿などの小規模事業者は後手に回ることが多かった。

ところが、相差では民宿のような小さな宿が元気いっぱいなのだ。その背景には、商工会議所の小規模事業者へのハンズオン支援が隠れている。

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リピーターの重要性

2018/03/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─OODAループを試してみよう─

1.「松之山温泉ふぇすてぃBAR」最終回?

2014年冬から4年続けて十日町市の松之山温泉で実施してきた「松之山温泉ふぇすてぃBAR(バル)」も今年区切りの回を迎えた。このイベントは、地域の方々がイベントの少ない冬に町を盛り上げようと、神奈川県にある文教大学井門ゼミナールと連携して企画・実施してきたイベントである。全国各地でも展開されている、店舗一軒につき一品一杯が提供され、ハシゴ酒をしながら飲み食べ歩く「バル街」を参考に、温泉街の旅館と飲食店が参加して、毎年2月に二夜連続で飲み歩くイベントだ。来店客の多くは地元の関係者(スキー学校、市役所、学校の先生、農家の方々等)だったが、近年はどこで噂を聞いたのか、当日温泉街にお泊まりの宿泊客の皆様も参加するようになってきた。学生も、かまくらバーや古民家で酒肴をふるまい、今冬は100名のお客様がチケットを買い求め、ハシゴ酒を楽しんだ。

「来年もまたやってね」。毎年お客様からそういわれるようなイベントになぜ区切りをつけるのか。筆者が同校を来年度で退任しゼミナールがなくなるという事情もあるが、最大の理由は、地元の方々の負担と思いに比べて「リピーター」が生まれなくなってきたためだ。この点は、イベントを持ち掛けた筆者にしても、やや責任を感じていた。

「リピーター」といっても、ハシゴ酒を楽しみにこられる地元のお客様ではない。毎年、イベントの主役として活躍する大学生の温泉地への「リピーター」がいなくなってきたのだ。初年度に実施した際に参加した学生は、社会人になっても何人もが4年連続して来湯してくれている。今年も、次回はカレシを連れてくると温泉街の皆様にも約束してくれた。しかし、2・3年目の学生はその後一人も松之山温泉を訪れていない。「訪れる理由がない」から再訪しないのだろう。

再訪する1期生にあったのが「達成感」だ。リーダーがうまくまとめることにより、仲間のなかでつながりが強まり、地域の方々とも仲良くなる。その結果、生まれる達成感と「また会いたい」という動機が再訪を促す。2・3期生は続けてリーダーが現地でインフルエンザに罹るという不幸もあったせいか、まとまらず、うまくリピーターにつながらなかった。

スキーにしても、イベントにしても、旅全般にしても、「旅の達成感」があるとリピーターに結びつく。それは、偶然の出来事を含めて「人とのつながり」が生まれることが重要だと感じている。

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地域経済循環を生むために

2018/02/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─秋田県の挑戦─

1.秘湯をコンテンツに

秋田県北部にある大館市の天然秋田杉林のなかに、120年にわたり湯治客に親しまれた「日景(ひかげ)温泉」という一軒宿がある。アトピー等の皮膚炎が3日で治るといわれ、温泉は「霊泉」として多くの客を集めていた。ところが、酸性度の高い硫黄泉をかけ流す宿だったせいもあり、積年の建物の老朽化から、2014年夏、多くの温泉ファンに惜しまれながら長い歴史の幕を閉じることになった。

しかし、ファンの声が届いたのか、経営者として、地元で割烹を営む飲食業者が名乗りをあげ、2017年、3年ぶりに再開を果たした。前経営者から引き継いだ新たな日景温泉は建物を全面リニューアル、単価も倍以上にアップした。従来の湯治客は日帰り温泉で受けつつも、国内外の富裕層など新たな顧客層の開拓を計画している。

ここまで聞けば、美しいホワイトナイトの登場による美談として終わるだろう。もちろん、地域の名湯を再生しようと自ら手を挙げた地元愛と勇気には頭が下がるばかりである。

実はこのプロジェクトには、秋田の「秘湯」をコンテンツとして国内外に発信していこうという秋田県の戦略が隠されている。

全国的に訪日外国人が増加しているなかにあって、秋田県の外国人旅行者数は都道府県下位から数えたほうが早く、東北では最下位。しかし、隣県をみるとストーブ列車であったり、スノーモービルや農家民泊であったり、外国人を引きつけるコンテンツが当たっている。最近では、秋田犬の人気が急上昇中ではあるが、それだけでは心もとない。それに隣県には、大規模な温泉地があり、受入れ体制も整っている。一方の秋田県は、小規模な宿ばかりだ。

しかし、秋田県は秘湯王国で、乳頭温泉郷、玉川温泉、男鹿温泉郷、小安峡(おやすきょう)温泉など個性的な温泉が数多くある。ただ、その多くは地元の湯治客を長らく相手にしてきたせいもあり、都市部の消費者や外国人旅行者を受け入れるには施設的に十分とはいえなかった。インバウンドを推進し、広い商圏の新たな顧客層を開拓するうえで、何とか施設をリノベーションしたい。それは、事業者とも思いは一緒だった。

そこで、秋田県では、総務省の地域経済循環創造事業交付金(ローカル10,000プロジェクト)を申請・活用し、産学金官の連携により、事業の「初期投資」に充当する最大5千万円の経費を捻出し、事業者を支援することとした。日景温泉もそのうちの1件である。

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2018年旅のトレンド予測

2018/01/04 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─「観光客」から「関係人口」へ─

毎年1月号の本コラムではその年の旅に関するトレンド予測を書いている。昨年は、「ARアプリ」「DMC」「旅館のチェーン化」「ゲストハウス」「瑞風・四季島」がくると予想していた。若干、外しているような気もするので、今年はちょっと真面目に考えてみた。

第5位 関係人口

2018年は「関係人口」という概念があちこちで聞かれるようになるだろう。関係人口とは、その地域に居住はしていないけれど、出身地や勤務経験地だったり、知り合いがいたり、地域と何らかのつながりがあって時々通うような「ゆるい関係」を持つ人たちのこと。国の会議でも使われるようになってきた言葉を最初に使ったのは、「東北食べる通信」編集長の高橋博之さんだといわれている。観光でも定住でもなく、その間にいる方々を指す。「関係人口をつくる」(木楽舎)を著したローカルジャーナリストの田中輝美さんによると「地域のシェアハウスに住んでいて地域に関わるディレクター」「都市で地域のPRをしてくれるハブ的存在」「都市暮らしをしながら地域にも拠点を持つダブルローカル」「その地域が好きというシンプルな関係」があるという。実はゆっくり新潟を観光したことがないのだけれど、八珍柿には目がなく、時々温泉で癒され、冬にはイベント企画もあり、何だかんだといって年に10回は新潟県に通う筆者も関係人口の一人だ。

今、地域振興の世界では「プロモーション」という言葉が急速に時代遅れになりつつある。代わって登場した言葉が「ブランディング」だ。観光地(モノ)を無理やり売るのではなく、関係人口(ヒト)が資源となり、「あの人の通っているところ、いいな」と思わせる力をいかに持つかが2018年以後の地域力となることだろう。

第4位 コ・ワーキングスペース

関係人口の目的地の一つが、「第二の仕事場」になる時代がきた。すでにニューヨークやパリといったクリエイティブな大都市やアジアのリゾート地では、コ・ワーキングスペースを持つ「リモートオフィス」が当たり前の存在になりつつある。コ・ワーキングスペースとは、様々な職種の方が同じワークスペースで一時的に仕事をするレンタルオフィスのこと。ノートパソコン一つとネット通信環境さえあればどこでも仕事ができる時代になり、昨年あたりから都市部で急激に増えている。WeWorkという米国発のリモートオフィス展開企業も日本進出が決まったし、新宿のヒルトン東京の地下は巨大なリモートオフィスになっていたり、京都ではノマドワーカー専用のホテル「ザ・ミレニアルズ」が評判になっていたりする。若者がよく泊まるようなゲストハウスには、コ・ワーキングスペースは必ずといってよいほどある。

おそらく、2018年からは地方にもコ・ワーキングスペースが登場してくるだろう。世界的にもフリーランスで働く人口は30%を超え(日本では約20%)、労働生産性向上のため、オフィスワーカーも働く場所や時間を定めない働き方も定着しつつある。日本の働き方改革はまだ緒に就いたばかりだが、いずれ世界に追いつくときがくるだろう。温泉旅館から団体客が消え、宴会場を食事処に変えていく時代から、今度は温泉旅館から日本人シニア客が消え、廃業旅館や古民家をコ・ワーキングスペースとしていく時代がやってきた。

第3位 素泊まり宿

全国各地の有名温泉地で素泊まり宿が増えている。それも、リノベーションして快適な客室を備え、朝食は老舗旅館がプロデュースしていたりする、ハイクラスな素泊まり宿だ。例えば、玉造温泉では佳翠苑皆美が廃業旅館を買い、素泊まり式の温泉ゲウトハウス「翠鳩の巣」を造った。あるいは、湯田中温泉では、創業210年の老舗よろづやが休業旅館の調理場以外を賃借して「加命の湯」を開業した。いずれも宿泊料は1万円以下で、客層は老若男女様々だ。なぜ、素泊まり宿が増えているかと推察すると、町なかに閉館した旅館があることが景観上マイナスになるということや、デフレが長く続き客単価が下がっているという事情もあると思うが、最大の魅力は、旅館が二館目、三館目として素泊まり宿を造ると、単純に利益率が高まるからである。

旅館業にとって大きなコストが食事提供コストだ。舌の肥えた消費者が満足する料理を一品ずつ提供しようとしたとき、料理原価と人件費が販売単価に比してとても大きくなる。といって、食事提供をやめるわけにはいかない。そうしたときに、「別館」として食事提供をしない(調理場を持たない)素泊まり宿を持っていると、稼働の高い客室が増えることとなり、旅館として利益率が高まるというわけだ。昨年観光庁が「温泉地に『泊食分離』を導入する」と発表した裏側には、こうした背景もあると思う。

利益率が高まる事業計画があると、金融サイドもメザニンファイナンス等投資性資金の検討もしやすくなる。旅館企業の自己資本比率が高まれば、地域金融の融資実行可能性も高まり、新たな温泉地づくりに向けた展開もできる。コ・ワーキングスペースで働くリモートワーカーたちが泊まるのも素泊まり宿になることだろう。

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地方創生のジレンマ

2017/12/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─滞在型観光に行きつくまで─

1.観光という言葉の違和感

「観光」という言葉に違和感を感じるようになってから久しい。「観光」に関する仕事をしていますといえば、概ねよい返事はない。それは「観光」といえば、これまでの大量販売を指すマス・ツーリズムを想起させるためである。「観光ですか。でも今はもうそんな時代じゃないですよね。地域の時代ですから」とか。

大学で「観光」を教えていますといえば、専門学校と何が違うのですか、と問われるのがオチだ。それほどまでに「観光」という言葉には垢がついてしまった。そのため、世間でも「ツーリズム」と言い換えたりするケースが少なくない。

地方創生の文脈でも、観光という言葉はあまり受けがよくない。DMO(自主財源を確保しながら地域観光マネジメントをおこなう組織)と観光協会の何が違うのか、という本音をぐっとこらえ、「DMOを主体として産学金官の新しい枠組みのなかで地域の関係人口の増加に資する先進的かつ横展開する取り組みを行なう」等といわねば交付金は取れない。観光という言葉をあまり使わないほうが受けがよい。

なぜか。

それは、観光産業をはじめとする接客サービス業の利益率や労働生産性は低く、事業としてみられていないためだろう。日本の労働者の賃金が上がらないのも、サービス業への労働シフトが進んだせいだという論もある。観光など、サービスオペレーションさえ理解していればできるわけで、大学でわざわざ学ぶ学問ではないという意見も少なくないだろう。観光はその程度のものなのか。そう思うと「観光」という言葉を使うことがはばかられるようになった。

しかし、あえて「観光」を使い続けている。新しい時代の「観光」をつくることでしか、観光という言葉の誤解を解けないためだ。

2.利益一辺倒が正しいのか

たしかに、観光を代表する旅館業を例にとっても、その利益率は高くない。それもそのはず、そもそも地域の旅館業は、利益よりも、地域に雇用を生み、地域の食材を使い、地域にキャッシュをもたらすハブとして、不動産等の資産を担保にできる地域の名士が行なっていた事業だからだ。利益を生んで税金を払うくらいなら従業員の報酬を上げたい、そう思っていた企業が多いのではないか。しかし、現在ではROA(総資産利益率)やROE(自己資本利益率)が企業成績の評価基準となっている。もう時代が違うのだ。

現在では、国の補助金を使うために、金融機関もリスクを負い、無担保無保証で融資を行なわなくてはいけないケースも増えてきている。そのためには相当の事業性と利益創出力が必要だ。そうした事業がこれまで利益を最終目的としなかった地域事業者にできるのか。

たとえそれが都市の事業者のようにできたとしよう。しかし、日本人労働者の報酬が20年間下落の一途をたどった背景には、企業の内部留保の増加があったように、利益が地方創生に資する雇用や報酬増に直結するのかを問いたい。なぜ、企業が内部留保を蓄積するのか。内部留保課税をするという意見もあるが言語道断。それは、国の行く末が不安だからに他ならない。経済がまた破綻するおそれがあるからこそ、内部留保を蓄積していると思う。利益一辺倒、株主還元一辺倒の世のなかに不安だからに他ならないのではないか。

3.若者のほうがマシなのか

日本は敗戦国からいつまでも復活ができない。1971年に変動相場制が導入されて基軸通貨国の思惑通りに世界が動かされ、ユーロのような団結もできず、マネタリストによるマネーサプライでしか操作ができなくなっている。残された道は、利益を生み、GDP(国内総生産)を上げ、プライマリーバランスをゼロにすることだが、理屈通りにはうまくいかない。

そこで今、必要なのは「イノベーション」だといわれているが、手っ取り早く言い換えれば、「できないならプレーヤーを交替させること」だとも思われている。総務省の事業に、「次世代コラボ創業支援事業」という事業予算がある。これは、高校生や大学生のアイデアを事業に活かし、地域密着事業を創造し、こうした若者を地元に定着させよという事業だ。若い世代の意見を参考にせよというのはわかるが、今のままでは人材は集まらず、経営は成り立たないから若い世代の意見を聞けと言われているに等しい。

この事業のせいかわからないが、大学あてに「コラボさせてほしい」という企業が増えてきた。しかし、残念ながら、高校生や大学生のアイデアを事業に活かし、どれだけ利益を生む事業ができるのだろうか。ただでさえ社会経験の少ない若者をこれ以上図に乗せてどうするのだろう。若者に必要なのは、社会で生きていけるだけの力、それは主体性であり、ねばり強さであり、社会性であり、そうした力を養っていくことがまずは必要ではないか。地域で自分の意見が通るという経験を通じて、自己肯定感を育もうという配慮は有難いのだが、後から「こんなはずじゃなかった」という、本来社会で育むべき基礎力に欠ける若者を量産するのだけは阻止したい。

観光を学ぶ学生は、若い頃に観光地で学び、働き、いったんどこに就職しようとも、そこで培った社会人としての基礎力が活きて、立派な社会人となる。観光を学んだ学生は社会人基礎力が高いといわれ、いざとなれば観光地に戻り活躍する候補者となる、というくらいの余裕が欲しい。

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「コ・ワーキング」が創る滞在型観光

2017/11/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─ハブ&スポーク型観光の提案─

1.世界中でコ・ワーキング

タイ南部クラビー県のランタ島は、マングローブが生い茂るジャングルと真っ白な砂浜が続く、日本ではまだ知られていないリゾートだ。日本でいえば奄美大島あたりにあたるだろうか。

この地に、Ko Hubというリゾート型リモートオフィスがある。周辺のゲストハウスやコテージに泊まりながら、クラウド上のデータとパソコンを相手にここで仕事をしているのは、世界中から集まったコ・ワーカーたちだ。彼らの所属や職種は様々。共通するのは、本国を離れ、創造力の必要な仕事を持ち出し、自分の秘密基地でワークとライフの境目なく過ごしていることだ。ビーチではいつでもダイビングに興じることができ、近くの動物福祉センターで犬をレンタルして、散歩のボランティアもできる。簡単なランチはオフィスで提供され、夕食はコ・ワーキングの仲間たちと付近のレストランに出かけていく。彼らのなかには、Ko Hubにしばらく滞在した後、チェンマイやバリ島のオフィスに移動して働く旅人もいる。「コ・ワーキング」とは、自己裁量で仕事のできるビジネスパーソンがリモートオフィスに集まって働くスタイルのことだ。

アジアにはこうしたリモートオフィスのアライアンスが組まれ、そこで働く数千人のコ・ワーカーたちのネットワークがいくつもある。なかでも、1年で12もの都市を旅しながら、その土地のリモートオフィスで働く、「働きながら旅をする」人たちのためのパッケージプログラム “Remote Year”(remoteyear.com)は時代の先端をいく。年間5千ドルを払えば、オフィスや交通の手配をすべて代行してくれるプログラムで、組織で利用しているところもあるという。

日本では、京都のホテルミレニアルズがプログラムに参加している。その名のとおり「ミレニアル世代(1980~90年代生まれ)のためのホテル」をコンセプトとし、館内のコ・ワーキングスペースと、自由に使えるキッチン・食堂とバーがロビー代わりだ。夜寝るまで共用スペースで仕事をしたり会話をしたり。「スマートポッド」と呼ばれるベッドルームは固定扉のない簡易なキューブ型。目隠しのスクリーンを下ろせば、内側のベッドから動画をみることができる作りになっていて、とても斬新だ。

日本にいると、世界の動きについていけていないと感じるときがある。コ・ワーキングの動きもまさにそのひとつ。決められた職場で決められた時間に働き、出張や研修先で休暇を取る「ブリージャー」というスタイルや、休暇先で仕事をする「ワーケーション」という働き方にはほとんど縁がなく、プレミアムフライデーになるとパソコンをもって近くのカフェで時間をつぶすのが関の山の日本のホワイトカラーたちは、すでに世界に乗り遅れつつあるのかもしれない。

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「泊食分離」の意義と背景

2017/10/02 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─新たな供給者が需要を造る─

1.なぜ「泊食分離」?

観光庁は8月、旅館業界に向けて部屋料金と食事料金を分けて表示する「泊食分離」の導入を促していく方針を明らかにした。泊食分離とは、1泊2食付き料金が主流の旅館業で、ホテルのように「食事なしの素泊まり」でも泊まれるようにすることだ。

しかし、1泊2食付きで事業を行なっている旅館に泊食分離を導入したら、食事なし顧客が増える分、売り上げが下がるのは自明である。あくまで、泊食分離は、現時点で客室稼働率が低く、食事なし顧客を取ることにより稼働率が上がり、収益改善のできる旅館や地域に限られる。専業で旅館業を営んでいる事業者は、一定の稼働率を確保しつつ経営しているので、泊食分離に賛成するわけがない。そのため、地域の有力な旅館事業者は泊食分離には積極的ではない。

それなのに、観光庁はなぜ泊食分離の導入を促進しようとしているのだろうか。おそらく、それは将来的にこれまでの1泊2食市場は徐々にすたれ、代替する新しい市場を創造していかなければ、次の世代には地域が成り立たなくなると想定しているからだろう。

1泊2食市場とは、江戸後期から明治にかけて産業革命が起こり、日本の人口が急増し、経済が成長して、右肩上がりに賃金が上昇した豊かな時代の名残とも考えられるためである。

1泊2食は、高度経済成長期を背負った「団塊の世代」が中堅サラリーマンだった1970年代に花開き、家族旅行や職場旅行などの「余暇市場」で隆盛を極めた。その後、今までこの世代が顧客として観光地や旅館業を支え続けてきた。現在でも、定年後の余暇を満喫するこの世代がまだ地域の観光市場を支えている。つまり、現代の観光地や旅館は団塊の世代とともに生き続けてきているのである。

しかし、団塊の世代はいつまで旅をしてくれるのだろう。既に全員が70歳を超えた。最近10年間の宿泊旅行実施率は下がる一方。年齢にはかなわず、いよいよ観光市場の主役から下りようという時代になった。そして、団塊の世代より下の世代は減少し続けるのみである。そして、定年は65歳に延び、定年後の余暇時間も縮小しようとしている。

今後、これまでと同じ客層を取り続ける限り、客数は減少していくことが明らかだ。もし、同じ客層で旅館が生きながらえていくためには、同業者が減っていくことによるおこぼれに与るしかない。じつは、そうした状況が20年間続いてきた。同業者が減ることは、宿泊業経営者にとって悪いことではない。

しかし、地方の雇用は減り、地元の需要は徐々に失われていく。そうしたことも、地方創生が叫ばれている背景ではないだろうか。DMOができて「マーケティングをすべき」といわれているのも、こうした状況を改め、新たな市場を開拓していかねばいけないと考えられているためだ。

2.需要縮小の予感

では、その市場とは何か。それは、「余暇以外の需要」だ。自らの胸に手を当てて考えてみてほしい。家族で夏休みを取って、海水浴や避暑でドライブ旅行する余裕はどれだけあるだろうか。夫婦二人で毎月温泉旅行、といったことが将来可能だろうか。

時間的に「そんな余裕はなくなってきている」というのが現状ではないか。働き方改革で有給休暇を取れといわれているけれど、ギリギリの要員で回しているので周囲に申し訳ないという気持ちが年々増していないだろうか。

これまでの20年間、賃金は下がり続けてきた。雇用は回復しているけれど、女性と高齢者の社会進出が一時的なボーナスとなっているだけではないだろうか。マイナス金利で政策的・人工的にマネーを市場に供給しているけれど、世界的に増加する国家債務は不安要素でしかない。政治経済への信用が失われるに伴い、企業は内部留保を蓄え、個人は貯蓄に余念がない。こうした構造下で、個人が時間と所得を不要不急な「余暇」に回すということは不自然でしかない。

そのため、現在、地方観光は訪日外国人に依存せざるを得なくなっている。都市部に集中していた需要を地方に回すことが現在の課題だ。

しかし、インバウンドの急伸が続いたとしてもあと数年だろう。なぜなら、この数年の急伸は中国と東南アジアの生産人口の急伸によるGDPアップの恩恵だったからだ。

すでに中国をはじめ、世界全体で生産人口が減少し始めた。今後のマネーサプライは、ICT等による第三次産業の労働生産性向上などに依存せざるを得ず、各国のGDPが頭打ちとなるに従い、この20年間日本がそうだったように海外出国者も頭打ちとなり、日本のインバウンドの伸びも一気に鈍化するだろう。

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地方で起業するために

2017/09/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 代表取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─若い人たちへのアドバイス─

1.地域おこし協力隊研修

今年度も地域おこし協力隊の起業・事業化研修が始まった。初回のメイン講師は十日町市の協力隊出身で、協力隊時代の事業も継続しながら移住支援や研修講師を手掛けるビジネスモデル・デザイナーの多田朋孔さんだ。

地域おこし協力隊とは、都市などに住んでいた地域外の人材を地域社会の新たな担い手として受け入れ、最長3年間自治体に所属して地域力の維持・強化を図るメンバーで、全国に約4千名の隊員がいる。任期終了後には地域で起業する隊員も少なくなく、起業したい事業の一番人気は、空き家を活用したゲストハウスやカフェ等の宿泊・飲食業だ。こうした隊員に向けて、微力ながら筆者も研修会で起業サポートを行っている。

私が起業志望の隊員に向けて事業化のアドバイスとしてお伝えしていることは、「持続可能な事業を考えること」、「客数を追わないこと」、「マルチタレントになること」、そして「セレンディピティをつかむこと」の4点。「そんな考え方では事業は大きくならない」と思われるかもしれないが、地域おこし協力隊の皆さんには、理解していただきやすい。なぜなら、これまで「そうではない考え方」を続けてきた都会の企業で一度は働いた経験があるからだ。

「これまでと同じではいけない」、そう思ったからこそ、地域の門をたたいたと思う。

最初からすべてうまくいく事業などない。手元資金も多くはないだろう。小さく始めて、周囲を巻き込み、育てていく。若いからこそできる特権を活かして欲しいと願っている。

2.持続可能な事業とは

「持続可能」という言葉は環境保全の場面でよく使われるが、その意味は「資源を維持できる範囲で活用すること」である。同様に、経済の文脈でこの言葉を説明すれば、「需要を超えない範囲で供給すること」。いいかえれば「競争しないで商売できること」だ。需要が人口とともに自然に増加し、せっせと供給量を増やしてきたこれまでの200年間、失ってきた発想である。

供給が需要を超える供給過剰の状態になると、商品はコモディティ化し、どんなに努力して差別化しても注目されないジレンマに陥る。地域の「旅館」という商品もまさにその状態だ。そうなると、商品を売るためのコスト競争となり、押し売り営業するパワーを持った、より資本の大きな企業が勝つ。地域を売ることも同じで、どんなに素晴らしい観光資源でも、需要より供給が大きいと結局は予算の大きな自治体が勝つ仕組みになっている。

では、どうすれば、供給量より需要の大きい商品を作ることができるのか。それは「顕在需要」を追わず、徹底して「潜在需要(あったらいいな)」を開拓することしかない。

200年以上前の江戸時代、灰を売る「灰買い」、桶を修繕する「たがや」、キセルを売る「羅宇屋」と様々な職人がいた。江戸時代も人口が伸びず、自立のために人々は「あったらいいな」を生み出し、商売にしていった。人口が減る時代には持続可能な経済を創り出していくしかないのである。

研修では、潜在需要をみつけるワークとして、「需要側(消費者等)」の悩みや課題と「供給側(生産者等)」の悩みのマッチングを行う。

例えば、「運転代行業の少ない田舎では安心して飲める店がない」という消費者の悩みと、「田舎で代行業は儲からない」という生産者の悩みをつなげ、軽トラを居酒屋にする『移動屋台』というアイディアを考えていた協力隊の柴田君。移動屋台はできなかったけれど、民宿の納屋を借りてバーを造った。飲み疲れても隣ですぐ寝ることができる『泊まれるバー』というコンセプトで、夜遅くまで働く人たちに向けた潜在需要開拓を始めている。

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