観光イノベーションで地域を元気に

地域のエコシステム構築に向けて

2021/03/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─令和時代の持続可能な観光とは─

1.人口減少時代の考え方

私たちが地域の将来を考えるとき、令和時代が、経済成長に沸いた昭和や、長期デフレの対策を打てなかった平成と180度違う世界であることを認識して中長期計画を立てていく必要がある。その際に目指すべき方向性は「ローコスト」「減収増益」「ポジティブインパクト」である。

時代を考えるうえでの前提として、人口減少による客数の減少がある。インバウンドの復活を期待しても、アフリカとインドを除く全世界で人口減少が始まった時代に、単純に客数の増加を目標とするほうが不自然だ。キャンペーンという名の地域間での客の奪い合いもパンデミックのような非常時まで。新しい需要を創造しながら、「量から質」へのマネジメントに転換していくことが不可欠になっている。

客数が減少に転じるとなると、客単価を上げていかねばと誰もが考える。しかし、社会では格差が拡大し、「自分で自分の時間と費用をコントロールできる層」と「自分だけでは決められない層」に分化している。圧倒的に多い後者は、生活費と貯金が優先のため、割引などの「言い訳」がないと旅には出にくくなっていく。そして、このどちらの層を対象とするかで客単価は変わってくる。後者に関しては、むしろ単価を下げていく必要があり、そのためにもローコストオペレーションが必須となる。

地域としての平均単価は、高低が分散するが、中間を取りイーブン(横ばい)と考えるのが妥当だろう。しかし、客数が減少するのに単価が横ばいだと売り上げは減少してしまう。ローコスト策で増益ができることを前提に「減収増益」と申し上げているが、できれば減収にせず、売り上げもイーブンで済ませたい。そのためにも客数の内訳をカウントする必要がある。具体的には「客一人あたり年間(または生涯)滞在日数」という概念が必要になってくる。それは、「正味客数×滞在日数×訪問回数」で表される。この数値を増加させるためには、滞在需要を創造していくことが必要条件となり、いかに滞在する観光地を設計するかが最重要事項になってくる。1泊型や周遊型で設計する時代は終わり、1カ所に滞在しながら周辺観光をするハブ&スポーク型の観光へとシフトすることにより新たな需要が生まれていく。そのためには、1泊しかしないことを前提として作られた「1泊2食付き」という昭和な宿泊料金制度や仕組みをやめ、全て室料と食事料を分ける「泊食分離」型料金や実現のための仕掛けを作っていくことなどが必要になってくる。

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トンネルの先の世界

2021/02/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─各地を歩いて考えたこと─

1.すべてが仮説

私たちは、まだ新型肺炎の長いトンネルの中にいる。トンネルを抜けると美しい世界が広がっていればよいのだが、私たちはどこに向かっているのだろう。

昨年(2020年)5月、新型肺炎で発令された緊急事態宣言が解除される少し前、“赤信号だけど一台も車は走っていない道路の横断歩道”を渡る気持ちで、関東から島根県に飛んだのを最初に、一年を通して全国各地を訪れてきた。年が明けてからの二度目の緊急事態宣言下でも、豪雪の新潟県をはじめ、各地を歩いている。

当然、うさん臭い目で見られることもしばしばだったし、夏に学生を連れて地域おこしのプロジェクトを実施したときには、ごていねいに脅迫めいたメッセージまでいただいた。若者が地域に来てもよいか、自治会の住民投票を行ない、反対多数を突き付けられた温泉地もあった。

なぜ、そこまでして各地に出かけていったかといえば、マスメディアの情報だけでは現実の全てが見えてこないと思っているからだ。加えて、観光を学ぶ学生たちにも現実を見せ、体験させておきたかった。もちろん、体調管理と感染対策は徹底したうえである。

例えば、メディアの情報といえば、よく「高級な宿ばかり集客できて、価格の低い宿が恩恵に被れていない」という報道がされていた。しかし、実際は必ずしもそうではなく、価格の低い宿にもお客様は来ているケースも多々あった。

自分の目で確かめ、現地で話を聞けば、新たな発見があり、自分の頭で考えることができる。日本人は、島国だからだろうか、正論めいた意見や、多数意見に支持が流れ、異論は攻撃の対象となることがよくある。批判的な思考ができず、常に正解を追い求めようとする。社会に正解はなく、あるのは仮説だけなのに「仮説」(たぶん、こうじゃないだろうか)という意見を排除し、蓋をする。 続きを表示…

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中小企業の進化に向けて

2021/01/18 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─地方の中小宿泊業を例に─

2021年、新型肺炎禍の2年目が幕を開けた。2020~21年の2年間は時代が変わった年として長く記憶に残る年になるだろう。よくない話題ばかりで「よい話はないのか」と聞かれることも少なくない。しかし、それは受け止める立場や考え方によって変わる。現在は厳しくとも、3年後、5年後まで先読みができれば、なかなか変われなかった日本社会の仕組みや制度が変わるきっかけとなったことで、よい機会になったと考えることができる。

本コラムでは、毎年1月号は「その年の観光トレンド予測」を執筆している。2020年はオリンピックイヤーのはずだったが、「ワーケーションが普及する」という点のみ予測通りになったものの、その他は「ぴえん」(悲しいの意の2020年流行語)となってしまった。本年も明るい話題を予想しようと思ったが、それ以上に日本の社会経済の転換年であることを鑑み、今年起き始めるであろう中小企業のあり方の変革プロセスについて、宿泊業を例に予測をしてみたいと思う。

1.中小企業の進化

近年、日本の中小企業は労働生産性が低いと指摘され、論争が起きている。そのために最低賃金を上げよとか、再編を促せとか、政策も動き出している。

しかし、低いのには理由がある。最大の理由は収益性が低いことであるが、労働集約型のサービス業が多いという背景もある。加えて、担保力も資本力も小さな中小企業の場合、経営者個人や保証協会が債務を保証するという債務保証がある。大企業の経営者であれば、そうした負担はなく、内部留保を貯めることだけを考えれば済むのだが、中小企業の場合、そうした負担のために経営者個人でも資産を貯めていかなくてはならない。そのため、収益性を犠牲にしてでも節税をする等して保証に備えていく必要があるというハンデがある。長きにわたる伝統の続く欧米の国々と違い、日本は敗戦を機にリ・スタートした。ぺんぺん草しか生えていないわずかな土地を担保に這い上がってきた国だ。全国の中小企業が、地域での雇用や経済循環を生み、地域社会に貢献をしてきた。そうした背景をふまえたうえで、中小企業のあり方を議論して欲しいと願っている。

とはいえ、時代環境が変わってきた。株主やコンプライアンス重視の経営が大企業に普及するなかで、このままでは収益性に差が生まれるばかり。労働人口が減っていく時代にあって、都市の大企業に人は集中していってしまうのは自明の理だ。地域を存続させ、事業の灯を守るためにも、中小企業も変わらなくてはならない。

その進化プロセスについて、宿泊業を例にとって考えてみる(図参照)。図では、縦軸は「宿泊施設を所有・運営するのは『別企業』か『同一企業』か」、横軸は「運営する施設や業態は『複数』か『単一』か」を表している。

まず、多くの中小宿泊業の立ち位置は図の右下のポジションになる。例えば、1軒の旅館を経営する中小企業がそこにあたる。しかし、そうした企業の中には、後継者がなく、あるいはいたとしても先々の不安から、現在の給付金やキャンペーンが終了した際には廃業もやむなしと考えている企業も少なくない。そのため、ポスト新型肺炎には多くの宿泊業の灯が消えてしまうおそれをはらんでいるのが現状だ。そうした事情もあり、観光庁では次年度には廃屋の撤去費用の予算化も検討している。但し、廃業が増えてしまえば、地域の雇用は萎み、経済効果も薄れていってしまう。これ以上、地域の灯を消してはならないと首長には宣言をして欲しい。

 

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増えゆく生活観光

2020/12/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─観光客と生活者の結界解消に向けて─

1.生活観光とは

「生活観光」というワードをよく耳にするようになった。南魚沼市で旅館「里山十帖」を経営する雑誌『自遊人』編集長・クリエイティブディレクターの岩佐十良さんは、「これからは、その地域の日常の風景や町のあり方を楽しみに行く生活観光の時代」といわれている。これまでの観光には、地元の生活圏との間に「ここから先は行ってはいけないよ」という目に見えない結界があった。観光客は観光地に集まり、観光客向けの土産物を買っていった。そうした土産物を地元の方が買うことはなく、観光客は、地域の生活とは明らかに違う空間に存在していた。そのため、観光客が生活空間に足を踏み入れると少なからずトラブルとなり、観光公害といわれることもあった。新型肺炎の蔓延で、その結界は一層強固なものとなり、越境観光がバッシングされ、帰省者までが制約を受けて、いまだにおそるおそる移動している。

しかし、これからの観光を考えると、観光客と生活者の融合がより大きな課題となってくるだろう。なぜなら、ソーシャルメディアの普及から、人々の観光情報はスマホの中の限られた情報だけで選択されるようになり、自ずと有名観光地や特定の地域へ観光客は集中するようになると想定されるからだ。すでにGo Toトラベルキャンペーンでその傾向が表れている。そのとき、もしその特定地域が生活者の生活圏であったとき、あっという間に観光は悪者となり、生活者と観光客の分断が激しくなっていくおそれをはらんでいる。そのため、いかに生活観光を普及させ、コントロールしていくかが、これからの観光政策の大きな課題になってくる。

生活観光のひとつの成功例として、高崎市の「絶メシ」プロジェクトがある。後継者がなく、今の代限りで廃業のおそれのある地域に愛される小さな飲食店を応援しようというプロジェクトで市が音頭を取って実施している。昔ながらの洋食店、学生に愛されるラーメン店、後継者が現れず惜しまれながら閉店してしまったジャズ喫茶など、多くの店が家族経営の店だ。このプロジェクトにより、市民だけではなく、遠く東京からもお客様が来た。こうした店はどこにでもあるが、市がプロモーションをすることにより「アーリーアダプター」と呼ばれる最初に気づいて行動を起こす人々がソーシャルメディアで発信し、多くの「フォロワー」が店を訪れるようになり、行列までできた。日常の生活圏にある生活者のための店が観光コンテンツになる生活観光の一例だ。

しかし、ときとして生活観光は牙をむく。例えば、小さな店のキャパシティを超えお客様がやってきてしまったときだ。そのなかには、「天動説の客」もいる。つまり、自分の価値観や味覚でしか判断をせず、店の立場を考えない人たちである。生活観光が成り立つためには、全てが「地動説の客」になる必要がある。すなわち、生活圏を楽しむためには、自分もそこで暮らす生活者の一員となったつもりで、自分が変わることのできる客でなくてはならない。絶メシプロジェクトも想像以上に盛り上がったのはよいが、そうした配慮に欠ける客がどうしても増えてしまうので、今では市も火消しにまわらざるを得なくなっている。

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観光はレジャーと限らない

2020/11/02 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─必要な逆転の発想─

1.ごほうび旅行

Go Toトラベルキャンペーンで観光地がにぎわっている。東京都が適用となったことや秋の行楽シーズンが重なったこと、15%相当の地域共通クーポンが付くようになったこと、高速道路も周遊割引が効くようになったことなどから、週末だけではなく平日にも観光客が戻ってきて、なかには年明けまで満館という宿も散見されるようになった。おそらく、やっとキャンペーンが認知されてきたことに加えて、周囲も出かけているから大丈夫と同調圧力も解け、長い自粛生活からのごほうび需要が生まれているのだろう。

しかし、「率」で割り引かれる方式であることから、今回のキャンペーンでは高額な宿や商品に傾斜してしまっていて、低価格の宿との差が生まれている。大浴場で他者と接しない露天風呂付客室や食事を部屋提供する旅館などが売れ、宿泊事業者や旅行会社もさらに様々な付加価値を付けてより高額で販売しようとしている様子が感じられる。

あるいは、自動車教習所と提携し、合宿教習料金が割り引かれる商品まで登場し、観光の趣旨から外れているのではないかという意見も出ている。ただし、観光とはレジャーだけではない。人の移動はすべて観光であると広義にとらえることも必要だ。今こそ、1970年代から続いてきた「観光=レジャーという呪縛」から解放されるときではないかとも思う。

おそらく「観光=レジャー」という発想が今後も続く限り、需要は有名観光地や有力旅館に一層集中していくと思う。アナログからデジタル時代へと変わり、情報源がガイドブックやパンフレットといった客観情報からクチコミサイトや友人のSNSという主観情報へと変わり、クチコミやSNSで情報発信の多い観光地や宿にどんどん集中するようになっているためだ。これは、簡単には後戻りできない現象である。

そのため、もし有名観光地でも有力旅館でもない地域や宿が挽回するとすれば、同じ「レジャー」という土俵で勝負するのではなく、「広義の観光」をとらえていく必要がある。

少なくとも江戸時代の旅は「不要不急のレジャー」ではなく、湯治場で病を治癒するためであるとか、飢えをしのぎ豊作を祈るために講を組んで寄進を募り、社寺への祈願参拝を目指すなど「人々の悩みや願いの解決」という目的があった。しかし、時を経て、1970年代に変動相場制が導入されることによる急激な円高へのシフトから海外旅行が一般化し、内需拡大に向けた国債発行と公共事業による国土整備が開始されて国内旅行の大衆化が始まった。同時に、旅行会社がパック旅行を開発して、観光のレジャー化が本格化していった。そして、団塊の世代がその伝道かつ実践者となり、50年間観光市場を支えてきた。

ところが、その世代も70歳代となり、日本の最多人口はまもなくその世代から24歳若返り現在の40歳代へとバトンタッチする。その世代は、経済成長とともにした団塊の世代と違い、社会に出てから不況が続き「氷河期世代」と呼ばれるデフレしか知らない世代だ。加えて、職場では一人一台のパソコンがあり、検索エンジンで情報を検索するのは当たり前になった世代でもある。

ちょうどこの世代交代とほぼ同時に新型肺炎に襲われ、アナログが主流の高齢世代が支えてきた「観光=レジャー」も様変わりしようとしている。今、若い世代がごほうびで来ていたとしても、これからもずっと同じようにレジャーで来るとは限らない。冬のボーナスが減額となり、年収ダウンとなった途端、旅行には渋くなるはずだ。これまで需要を支えてきた高齢者層も自粛が解けず、減少していくのが確実だ。そのため、2021年は「広義の観光」を考えなくてはならない時代に突入するだろう。もう一度、発想を200年前の江戸時代への回帰させる逆転の発想が求められている。

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建前と本音が交錯した夏

2020/10/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─学生が活躍した温泉地─

1.需要は戻ったのか

物事には建前と本音があるとよくいわれるが、思い返せばこの夏もまさにそんな夏だった。世のなかでは、新型肺炎が収まらないなか、外出を控え、自粛するのが善だという建前と、そうはいっても、地域や自分のためには消費をしたいという本音が交錯していたように思う。それぞれが「世間」という目にみえない社会と闘いながら、どこかに自分で線を引いて、その内側で消費をしていたのではないだろうか。

私も自分自身をふりかえるために万歩計アプリをスマホに入れている。外出できず、全てをオンラインでこなさざるを得なかった4月は前年比7%まで歩数が落ちた。ここまで歩かなかった月は後にも先にもないだろう。5月も18%とほぼ世間に従っていた。緊急事態宣言が解除された6月には50%まで戻し、7・8月は国内を駆け巡りなんとか前年比75%の歩数まで回復できた。自分のことを一般化するのは野暮だが、世のなかも似たような感じではなかったかと思っている。

この夏は、様々な政府の消費促進策に先立ち、GoToトラベルキャンペーンが実施された。感染を拡大させるだけではないか等の批判も尽きなかったが、OTA(オンライントラベルエージェント)の利用状況では、32道府県で前年の予約数を上回ったとか。35%の割引があるので客室に露天風呂の付く高級宿や、マイカーで行ける都市近郊の観光地等がにぎわったようだ。同調圧力と闘いながら、意外と多くの人が近郊への旅に出かけたのではないだろうか。

それでは、地方の観光地ではどうだったのか。一部の例であるが、30人の学生が全国各地の旅館でインターンシップを行なったのでその様子をお伝えしたい。

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ブルシット・ジョブ

2020/09/01 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─新型肺炎がもたらす働き方改革─

1.ブルシット・ジョブ

「明日の天気は何?」「近くにコンビニある?」「カラオケは何時まで営業?」。こんなこと、わざわざ電話をして聞かなくても、手元のスマホで検索すればすぐわかるのに、なぜ手間と時間をかけてまで聞いてくるのか。毎日、毎日、かかってくる。こうした電話がなくなるだけで、業務はかなりはかどるのに・・・というのは、地方旅館のフロントでインターンシップとして働く学生の声だ。「あの人がバスの中からマスクを付けていない」「あの人はポリ手袋をつけないでトングを触っていた」。新型肺炎の影響で、そうした声までフロントに届く。何をしろというのだろう。そうした声を聞きながら、労働というものについて考えていく。

世の中には「Bullshit Jobs」(クソどうでもいい仕事)が多いという話を授業で時々する。資本主義を思考する人類学者デヴィッド・グレーバーの同名の書籍(邦訳も出版された)で語られている言葉だ。

すると学生は、それは、こうしたフロント対応のような、いつでもスマホやテクノロジーでも代替できる業務がそれにあたるのだろうと思う。ひいては、接客すべてがクソどうでもよく、全てAIにとってかわられるのだろうとも考える。

しかし、帰るころになると、そうではないと思いを改めるようになっていく。なぜなら、自分がその瞬間、そこにいたことにより、小さな経済をまわすことができたことに気づくからだ。天気を聞いたからこそお客様の行動につながり、コンビニを知れたからこそ消費につながった。他人の悪口を聞いてあげたことで、その人のいら立ちは収まり、少し旅が楽しくなったはずだ。実業で働く限り、必ず誰かの役に立ち、小さな経済につながっていることに気づく。

一方で、世の中では「その人がそこで何をやったところで、誰にも何にも貢献していない」仕事が多い。私も講演をする機会が時々あるのだが、「いい講演だった」といわれたとしても、紙の資料はごみ箱行きになり、誰の何の行動にもつながらない講演が果たして仕事なのかと自省すれば、それこそがブルシット・ジョブだ。大学の授業もそうだ。空調のきいた教室で眠る学生が多くても給与をもらえる授業が仕事なのか。オンライン授業になって、学生が最もよいと答えた授業形式が「オンデマンド(いつでも視聴できる)型」。それは、Youtubeのように、スマホを使い隙間時間に倍速で視聴できるからに他ならない。それがベストと言われる大学の仕事なんて、まさにブルシット・ジョブではないか。

そして、世の中のホワイトカラーの仕事を見渡しても、クソどうでもいい虚業が多いことに気づく。広報コンサルタント、テレマーケター、金融アナリスト、ロビイスト、そしてハンコを押すのが仕事の中間管理職・・・。グレーバーは、こうした虚業を「太鼓持ち」「用心棒」「落穂拾い」「社内官僚」「仕事製造人」の5つのカテゴリーに分けて説明している。その人が仕事をしたところで、何も世の中は変わらない。そもそも、その人ではなくても誰でもできるブルシット・ジョブ。

現代資本主義は、1%の金融資本家が経済を維持するためにブルシット・ジョブが作りだされ、あたかも仕事をしているかのような人々が多額のお金を手にして経済を回し、資本家の懐に入るようになっている。この点は、トマ・ピケティが「21世紀の資本」で著し、映画にもなった。その一方で、医療・福祉、小売、観光といった人に尽くす実業の給与は低い。

新型肺炎も終息の見通しがなかなか立たないが、まさにこうしたブルシット・ジョブが社会不安を醸成しているのではないかと、つくづく思うようになった。

ウイルスは発熱等発症時に人にうつりやすいそうだが、調査によると発熱などの体調不良でも会社に出勤する人が80%以上もいるとのこと。その一方で、帰省や観光といった移動が自粛を要請されているが、そもそも、発熱したまま出勤する人たちを都会で撲滅することが根本的な解決手法ではないのか。本当に満員電車で通勤すべき仕事なのか。そして、仕事のグチのために飲食店でマスクを外して密になってうつしあっていないか。そもそも、発熱してまで出社してやるべき仕事なのか。

世の中からブルシット・ジョブを見つめ直し、自分の仕事がブルシットだと思うなら出勤をやめる。それこそがこの難局を乗り越えるための最初に行なうべき解決法だと思う。 続きを表示…

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引き算の経営

2020/08/03 :観光イノベーションで地域を元気に

株式会社 井門観光研究所 取締役  井門 隆夫(いかど たかお)氏

─客数を減らす発想─

1.引き算の経営

当面、新型肺炎禍のなかで経済・社会活動を営まなくてはならなくなった2020年。各自治体の旅行補助により地元客が地元経済を支える夏となった。観光関連事業者は、できる限りの衛生管理のなか営業を続け、地域内でお金を循環させる役割を果たしている。

そうしたなか、毎週のように温泉地を巡り、お客様の様子を観察している。その多くが思った以上に気にすることなく旅を楽しんでいる印象だ。公衆の前に出るときはマスク着用、ビュッフェの際には手指の消毒に加えて配られたポリ手袋をはめることもニューノーマルとして定着した。そして、さすがに温泉ではすべてから解放されて寛がれている方が多い。

しかし、これでは接客する側もたいへんだと思ってしまうお客様も散見された。例えば、接客されることに嫌悪感を示し、常に離れてサービスを要求している方がいらっしゃった。お客様が席を立ったのを見計らって食事を運ぶ、会話をせずに筆談でサービスをする等をお望みだったようだ。果たしてそうしたサービスを標準化している宿があるのかどうか知らないが、もしあるのだとすれば、そうした情報を探して(事業者側からは自社の衛生管理方針を明示して)そうした宿に行くことができればよいのにと思いを巡らせていた。果たしてこのお客様はこの宿に必要だったのだろうか。

戦後、これまで観光は常に「足し算」だった。あらゆる顧客層を足し算してきた。あらゆる施設・設備も足し算し続けてきた。しかし、その結果、旅館の特長が見えなくなり、クレームも増えて従業員は疲弊し、施設効率も悪化。地域内の競合での客の奪い合いとなり、周囲の競合がいなくなることでバランスを取らざるを得なくなっていないだろうか。これでは地域が衰退していくばかりだ。ある大手家具会社が、これまで高級消費をする会員に絞って営業していたものを、顧客層を広げようとして経営が悪化した。同じように、これからの時代は、観光地でも足し算は命取りになることが多いと考えている。

これからは、顧客層を引き算し、施設や設備も引き算してシェアしていく。そして顧客の満足度を上げ、連泊・滞在や推奨・拡散につながるリピート客を創造していくことで、総客数が減っても地域全体が生き延び、発展する絵が描けるようになる。新型肺炎禍で総客数が減少している今こそ、引き算の経営を計画すべきときだと思う。

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