青空 青島 青い論

羽生結弦の正体は、闘争心にビロードを纏った戦士

2019/01/04 :青空 青島 青い論

青島 健太(あおしま けんた)スポーツライター&キャスター1958年生、新潟市出身。1985年ヤクルトスワローズに入団、5年間プロ野球選手として活躍。現在、スポーツライター及びテレビキャスターとして活躍中。

気がつけば師走、そして新年を迎えようとしている。

この年齢(還暦)になると先人の教え通り1年という月日が本当に早く感じられる。誰にとっても1年は365日であり、1日は24時間なのだが、年齢を重ねるごとにあっという間に過ぎていく。いわゆる「ジャネーの法則」だ。心理学的にも生理学的にもそう感じる根拠があるそうだが、ここでの説明は省かせていただこう。要は、経験が豊富だったり、過ごした時間が長かったりすると、過ぎる時間の感じ方が希薄になることに主たる原因があるようだ。

ついでにいえば、加齢とともに涙もろくなるのもこれもまた人の常だろう。

さて今年も思わず涙が出てしまうほど感動的なシーンを数多くみてきたが、その成績の偉大さということでひとり挙げるとすれば、韓国・平昌で五輪連覇を達成した男子フィギュアスケートの羽生結弦選手を推したい。

2017年11月に負った足首のじん帯損傷のケガで本番直前まで滑ることができなかった。

羽生は本当に大丈夫なのか?

世界中のメディアもケガの状態に注目していた。

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大統領の批判にも負けないロバーツ監督の胆力

2018/12/03 :青空 青島 青い論

青島 健太(あおしま けんた)スポーツライター&キャスター1958年生、新潟市出身。1985年ヤクルトスワローズに入団、5年間プロ野球選手として活躍。現在、スポーツライター及びテレビキャスターとして活躍中。

10月に行なわれたアメリカ・メジャーリーグ、ワールドシリーズでは、ボストン・レッドソックスがロサンゼルス・ドジャーズを4勝1敗で破りワールドチャンピオンに輝いた。このとき、トランプ大統領がツイッターで以下のようにつぶやいて話題になった。

「ほぼ7回まで圧倒していたピッチャーを代えるのは驚き。大きなミスだ!」

トランプ大統領が批判したのは、第4戦の投手交代について。7回1アウトまで1安打と好投していたドジャーズのヒル投手をロバーツ監督が交代させ、この後チームが逆転されてしまったのだ。ヒルの球数はまだ91球、ドジャーズは4点リードしていた。このゲームを落としたドジャーズは1勝3敗と追い込まれ、翌日も負けて優勝を逃したのだ。

政治家としてのトランプ大統領には、日本国内でも賛否両論があるだろう。ただ、野球ファンとしてのツイートは、的を射ているといえるだろう。

しかし、大統領に批判されても負けていないのがメジャーリーグの監督だ。このツイートに対してロバーツ監督は以下のように応じた。

「ゲームを観てくれてうれしい。ただ、内部で起きていることを知っているとは思えない。一個人の意見」

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ソフトバンク松田選手に見た悔しさの処方

2018/11/01 :青空 青島 青い論

青島 健太(あおしま けんた)スポーツライター&キャスター1958年生、新潟市出身。1985年ヤクルトスワローズに入団、5年間プロ野球選手として活躍。現在、スポーツライター及びテレビキャスターとして活躍中。

スポーツには些細なことに本質が隠れている。あるいは小さなことから大事な真実がみえてくる。そんなことを考えさせられる出来事を目撃した。

9月29日に行なわれたプロ野球。埼玉西武ライオンズ対福岡ソフトバンクホークスの一戦だ。この日の主役は、もちろん西武だ。マジック1で迎えたこの試合、西武が勝てば2008年以来の優勝を飾る。所沢の本拠地メットライフドームを埋めた3万人を超えた観衆のほとんどは、その優勝を見届けにきたライオンズファンだった。この試合を私は、ラジオの放送ブースで解説していた。

試合前に会った西武の辻発彦監督がいった。

「今日勝てば13連勝。昭和33年(1958年)にライオンズ(当時は西鉄)が優勝した時も13連勝目に優勝を決めている。そして今日勝てば今シーズンの85勝目。俺の背番号は85番だし、健太も一緒だけど俺たちは昭和33年生まれ。今日はいろいろ楽しみな数字があるんだよ」

私は、この話を辻監督自身が切り出したことに意味を感じた。験を担ぎたいのだ。たとえマジックが「1」になっても優勝を目前にした監督は祈るような気持ちなのだ。しかし、本稿で触れるのはそんな辻監督についてではない。その辻監督の期待を打ち破ってライオンズファンに悲鳴を上げさせたホークスの松田宣浩選手だ。

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スポーツ界に通底する不祥事の原因

2018/10/01 :青空 青島 青い論

青島 健太(あおしま けんた)スポーツライター&キャスター1958年生、新潟市出身。1985年ヤクルトスワローズに入団、5年間プロ野球選手として活躍。現在、スポーツライター及びテレビキャスターとして活躍中。

スポーツ界でさまざまな問題が噴出している。あまり書きたくないテーマだが、これだけ不祥事が続いているともう無視する訳にもいかない。なぜこんなに同じようなことが起こるのか。もしかすると通底する同種の原因があるのかもしれない。

今年になって表面化したスポーツ界の問題を時系列に追いかけてみよう。

まずは女子レスリングであった指導者によるパワーハラスメント(パワハラ)だ。五輪で4連覇を成し遂げた世界的な女子選手が、練習環境を奪われ彼女が師事した男性コーチからの指導も受けてはならないといわれた。教え子が自分の下を離れていくことが寂しかったのか、結果的には彼女の競技活動を妨害するような形になってしまった。

次に起こったのは大学アメリカンフットボール部の悪質なタックル問題だ。これも多くの説明は要らないだろうが、プレーが止まっているにもかかわらず、無防備な相手選手にタックルを仕掛けた、スポーツとは思えない出来事だ。

タックルをした選手は、会見を開き監督とコーチからの指示があったと証言したが、当の指導者はこれを否定している。大学が所属する連盟や調査を依頼された第三者委員会は、監督の指示があったという認識を示した。監督とコーチは、自分たちと選手の間にプレーに対する考え方の乖離(かいり)があったと説明した。

日本ボクシング連盟会長に対する不信感は関係者の我慢の限界を越えていた。

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この夏、高校球児に教わる野球とは何か?仕事とは何か?

2018/09/03 :青空 青島 青い論

青島 健太(あおしま けんた)スポーツライター&キャスター1958年生、新潟市出身。1985年ヤクルトスワローズに入団、5年間プロ野球選手として活躍。現在、スポーツライター及びテレビキャスターとして活躍中。

ともにグレーのユニフォームが甲子園球場に登場した。夏の甲子園、大会1日目第3試合。1塁側に北神奈川代表の慶應義塾高校、3塁側に新潟県代表の中越高校が陣取った。正直いってどちらを応援していいか分からなかった。

慶応は出身大学の付属校、森林貴彦監督もよく知っている。一方の中越は故郷新潟の代表で卒業生に知り合いも多い。結果は、周知の通り慶應が3対2のサヨナラ勝ちで中越を破った。

中越高校の野球部OB(二人)と東京でよく酒を飲む。一人は、築地市場で活躍するW氏。魚介類に対する豊富な知識と経験を有する仲買人として若手の範となっている。年齢は50代半ば、酒を飲むと未だに野球部時代の思い出話に花が咲く。一旦は都内の強豪校に入学したが、訳あって中越高校に転校した。新潟で鍛えられた日々。当時の監督を今でも「先生」と呼び、その恩を忘れることはない。

もう一人は、W氏の1年後輩にあたるI氏。

中越高校で甲子園に出場した後は、社会人野球に進み、引退後はオーストラリアに渡りシドニーでラーメン店を起業し成功している。彼とは社会人野球でチームメイトだった。今はシドニーの店を若手に譲り、新たにニュージーランドへの出店を考えている。I氏の実家は寺泊の米屋さんで、今はお兄さんが継いでいる。I氏には野球をするうえでちょっとしたハンデがある。小学校時代に跳び箱を運んでいるときにつまずき、右手の人差し指の先を失ってしまったのだ。おかげでボールを真っ直ぐ投げるのが難しくなってしまった。しかし、それでも彼は自分自身で投げ方を工夫して、高校野球でも社会人野球でも活躍を続けた。W氏は、そんなI氏を自慢の弟のようにかわいがり、今でも彼の帰国を待って毎回酒席を開いているのだ。

私は、埼玉県の高校に通っていたので、彼らと学校は違うが、高校野球の話になるとほとんど話題が共通するから面白い。怖い先輩の存在、練習中に水を飲んではいけなかった時代の苦労話、ここでは書けないヤンチャ自慢や武勇伝など…。どこの学校の野球部も同じようなことをやって青春を謳歌していた。まだまだいろいろなことが許されていた(いや、そう思っていた)時代の笑い話のようなエピソードである。

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サッカー日本代表 西野朗監督に見るリーダーの条件

2018/08/01 :青空 青島 青い論

青島 健太(あおしま けんた)スポーツライター&キャスター1958年生、新潟市出身。1985年ヤクルトスワローズに入団、5年間プロ野球選手として活躍。現在、スポーツライター及びテレビキャスターとして活躍中。

幕を閉じたサッカーワールドカップ・ロシア大会。当初は「おじさんジャパン」や「忖度ジャパン」とその平均年齢の高さやビッグネームのベテランを数多く選んだことを揶揄された日本代表だったが、始まった大会では、そうした批判を見返す見事な快進撃を披露した。残念ながらアルビレックス新潟出身の酒井高徳(ハンブルガーSV)の出番は少なかったが、今回の経験は、彼にとっても新たな飛躍の発奮材料になることだろう。

日本代表の活躍(ベスト16)の要因はさまざまあるが何といっても西野朗監督がみせた選手起用を含めた采配の妙と個性派集団をひとつに束ねたチームマネジメントは秀逸だった。

西野監督とは何度か仕事でご一緒しているが、バックステージでは口数の少ない穏やかな人だ。誕生日が同じ(4月7日)なので、より一層親近感を持っているが、高校も同じ埼玉県内の学校を卒業している。彼の通った埼玉県立浦和西高校は、県内有数の進学校でありながらも、極めて自由な校風で当時から私服(制服がない)で通う男女共学の学校だった。ちなみに当方の母校・県立春日部高校は、バンカラが校風の男子校だった。西野監督が今大会でみせた柔軟で自由な発想は、高校時代に身に付けたスタイルのように思えてならない。

彼の柔軟な姿勢と価値観がよく表れていたのは、23人の代表メンバー発表のときだった。

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史上最遅昇進の大関・栃ノ心遅いことが彼をつくった

2018/07/02 :青空 青島 青い論

青島 健太(あおしま けんた)スポーツライター&キャスター1958年生、新潟市出身。1985年ヤクルトスワローズに入団、5年間プロ野球選手として活躍。現在、スポーツライター及びテレビキャスターとして活躍中。

大相撲夏場所。

大関昇進を決めた栃ノ心にとって、新潟出身、西前頭3枚目の豊山との一番(6日目)が、振り返れば最大の山場だった。

この日まで5戦全勝。立ち合いから得意の左上手を狙ったが、これが取れずに慌てた。繰り出した突っ張りも上滑りで、豊山の圧力にあっという間に土俵際まで押し込まれる。勝負あったかに思われた瞬間、栃ノ心がわずかに態勢を右にかわして、起死回生の「突き落とし」を決めた。豊山にとっては、ほとんど勝ったも同然の相撲だったが、最後の最期で詰めを焦った。

これで栃ノ心は無傷の6勝。本人も「負けていたら最悪」と振り返った通り、絶体絶命の相撲を拾ったことで逆に勢いを増すことになった。初場所に続く優勝こそ逃したが13勝2敗の成績で念願の大関昇進を果たした。

栃ノ心のここまでの歩みは、豊山との一番に似ている。

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中継ぎが打たれて偉業を逃した大谷翔平 しかし、大切なことはそこではない

2018/06/01 :青空 青島 青い論

青島 健太(あおしま けんた)スポーツライター&キャスター1958年生、新潟市出身。1985年ヤクルトスワローズに入団、5年間プロ野球選手として活躍。現在、スポーツライター及びテレビキャスターとして活躍中。

この日、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平投手が勝ち投手になると、4月に打者として3本塁打、投手として3勝を記録することになり、メジャーリーグ史上初の快挙が生まれるはずだった。

日本時間4月25日のヒューストン・アストロズ戦。先発の大谷は制球に苦しみながらも要所を抑え、5回まで4対3と1点のリードを守っていた。このまま勝てば、大谷の3勝目が決まる。6回のマウンドにも上がった大谷だったが、先頭のグリエルを四球で歩かせてしまう。続くブレグマンを三球三振に仕留めたのは良かったが、ここで球数が98球になった。メジャーリーグでは100球前後で先発投手を交代させる。長いシーズンを投げ抜いてもらうための工夫だ。大谷にも無理はさせない。エンゼルスのソーシア監督は、ここで躊躇(ちゅうちょ)なく、左のアルバレスにスイッチした。

ここまではすべて予定通り。しかも迎える打者は、左のマッキャン。左打者に左投手をぶつけるのもセオリーだ。このまま逃げ切れば大谷に3勝目をプレゼントできる。ソーシア監督もそのイメージを持ってアルバレスを送り込んだことだろう。しかし、私の脳裏にはなぜか嫌なイメージが広がっていた。アルバレスはきっと打たれる…。

ここで思い出したのは、4月17日、ハードオフエコスタジアム新潟で行なわれた横浜DeNA対巨人の一戦。

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