感頭言

未来の新潟 「3S」 + S

2019/03/01 :感頭言

国土交通省 北陸地方整備局長         吉岡 幹夫

新潟に初めて赴任して約半年が過ぎましたが、その広大さに改めて驚いています。

東京にいると、全国の天気予報では雪の降り方だって県内各所で全く違うのに、新潟が一つでしか表示されません。しかし、東京から新幹線に乗って長いトンネルを抜けると新潟県内に入りますが、約1時間走り続けてようやく新潟駅に着きます。また、日本海沿いに着目すると、富山県境となれば新潟市からだと2時間は考慮する必要があります。このような広い地域では、目的地に安定的にどのくらいのスピードで移動できるかは極めて重要です。

話は変わりますが、建設業界では働き方改革として「新3K」(休暇が取れる、給料が高い、希望が持てる)を目標に掲げ、官民協調して精力的に取り組んでいます。これに加えて、私は政策を進めるためには「3S」(Safe、Smart、Sustainable)が必要であると考えています。

「Safe」は『安全に』ということで、防災・減災はもちろん、交通安全や防犯なども視野に入ります。「Smart」は『賢く』と訳すのが一番いいのかもしれませんが、スマート・シティーやスマート・パーク(例:ドバイ)など、AI・ICT技術を駆使して効率的・効果的に進めることや、渋滞や待ち時間なく交通手段が利用できることなども対象に考えています。「Sustainable」は『持続可能』ということで、SDGsにも通じる概念ですが、エネルギーはもちろんのこと、水資源などの有効活用や施設の適切なメンテナンスなどをイメージしています。

さて、この「3S」に先ほどのスピード(Speed)の「S」を加えるべきではないかと最近考えているところです。交通網の整備により、全国的に東京など大都市圏とのアクセスが強化されたのは事実です。しかし、太平洋側では今後リニアの整備により、特に3大都市圏の時間距離は飛躍的に縮まります。

新潟に来てもらうこと、住んでもらうことなどにより交流人口が拡大するためには、改めてスピードアップを図り、新潟との時間距離を縮め、競争条件を整えることが重要です。

(よしおか みきお)

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裁判員制度10周年を迎えて

2019/02/01 :感頭言

新潟地方裁判所長        大野 勝則

昨年9月に着任いたしました。県土は広く、日本海側の海岸線の長さと、新潟駅から東京駅までの距離が同じとは聞いていましたが、管内の5つの支部と併設の簡裁(三条、新発田、長岡、高田、佐渡)、6つの簡裁(新津、村上、十日町、柏崎、南魚沼、糸魚川)を早速に回り、広さを実感しました。本庁と支部・簡裁では、裁判官を始め職員の陣容等が相当に異なりますが、裁判所の使命は、いつどこでも公正公平な司法サービスを提供することにあり、それに向かって管内の職員全体で意思疎通を図っていきたいと考えています。

さて、平成21年に始まった裁判員制度が、本年5月21日をもって10周年を迎えます。私自身、千葉や東京で事件を担当し、毎回異なる裁判員の皆様と審理や評議を共にしてきました。裁判官にとっても、法律や手続について、誰にでも分かる平易な言葉で説明できなければならず、貴重な勉強の場となっています。運用も年を重ねるごとに安定し、実際に裁判員を経験したほとんどの皆様から、良い経験であったとの評価をいただいています。しかしなお、制度への参加に消極的な意見をお持ちの方も多く、経験者から、実際の審理や証拠に分かりにくい点があったとの声をお聞きすることも少なくありません。裁判所を含めた法曹三者が、更に充実した審理等を目指すとともに、制度の意義や運用状況に関する情報を広く発信し、皆様に関心や参加意欲を持っていただくと同時に、不安を解消していくための努力が必要です。その一環として、各地の裁判所では、裁判員裁判を経験した裁判官等が、大学・高校、企業、自治体、サークルなどの団体に赴き、制度の解説、経験談、質疑応答等をする出前講義を行っています。新潟地裁でも、県内全域を対象に行っておりますので、ご活用をお願いいたします(最高裁のホームページの新潟地裁のコーナーにも案内が掲載されています。問合せ先は新潟地裁事務局総務課広報係、電話025-222-4175です。)。

裁判員の負担や安全確保の問題については、裁判員となられる方が、事件や証拠の内容に対して、あるいは外部からの接触等について不安をお持ちにならないよう、今後も努力して参ります。

(おおの かつのり)

※新潟地方裁判所の取り組み状況を36〜39頁にご紹介しております。

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イノベーション投資への期待

2019/01/04 :感頭言

一般財団法人 新潟経済社会リサーチセンター      理事長   宮沢 啓嗣

新年明けましておめでとうございます。

新しい年を迎えるにあたり、もう一度足元の新潟という地域が、どうしたら持続的に発展していくのだろうか、見つめなおしてみたい。

新潟県の地域経済の資金循環を見ると、地域外への資金の流出が流入を上回っている。つまり、地域外に所得が流出し、地域内の家計や企業での所得増加につながっていない構造と言える。こうした構造を転換していくには、地域外からの所得の獲得や生産性向上による域内の所得向上に注力する必要がある。対策としては、地域を牽引していく中核企業を育成していくこと、産官学金のそれぞれのシーズを融合し新しい産業の創造、またICTの活用等で個別企業が生産性を向上させていくこと、そしてこれらの所得を域内に循環させることが必要である。これらに対しては、既に国をはじめとして支援体制が整えられ、動き出している。

また、新潟県の中小企業を財務面で全国比較を行うと、労働生産性は平均以下、設備投資は平均水準にある。その設備投資の中身を見ると、従来型の機械設備等の設備投資は全国水準以上に行われているが、技術進歩や効率化等のイノベーションに関わる投資については、全国比大きく下回る状況にある。新潟県における特徴・課題は、まさにここにある。

一方、新潟県の中小企業の自己資本比率は、全国水準に比し群を抜いて高い状況にある。新潟県内の中小企業は、イノベーションに向けた投資余力、資金調達力はあるはずである。

目の前には、人口減少の進展、人手不足、働き方改革、生産性向上、新たなビジネスモデルへの変革など、解決、克服しなければならない諸課題が存在している。経営者の皆様が、ICTの活用等によりイノベーションに果敢にチャレンジされることを期待したい。

(みやざわ けいじ)

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イザベラ・バードに学ぶ 〜新潟をめぐる、伝える〜

2018/12/03 :感頭言

東北電力株式会社 上席執行役員 新潟支店長        髙野 広充

今から140年前の明治初期に、英国人女性旅行家イザベラ・バードが新潟県を訪れている。同時期に私の生まれ故郷秋田県も訪れており、私に縁深い湯沢(秋田)を「特にいやな感じの町」と紹介している。外国人の珍しさに集まってきた群衆にうんざりしていた様子で、辛辣な評価になったようだ。

一方、新潟の評価は正反対に「絵のように美しい町通り、最も整然として清潔であり最も居心地のよさそうな町」とべた褒めである。日本有数の歴史ある新潟湊の当時を知るきっかけとしても大変興味深い。

彼女の一連の行動は、辛辣な表現を含め正確な情報を提供するために、自ら、伝聞ではなく直接に文化を知り、共有し、伝えることの大切さを訴えかけているようにも感じる。

初めて新潟に住む私にとって新潟は魅力満載であり、これを伝える存在は大きな力になると確信している。最近、実際に彼女の足跡をたどり「新潟を再発見」すべく活動している地元の方がいることも知り、県内外への発信力として心強く感じたところである。

新潟に住んで約4か月。「新潟を知る、県内をめぐる」の一心で、今私をわくわくさせているのは、この広い新潟を結ぶ鉄道である。かつて「乗り鉄」だったため、路線数が多く県内の多くをカバーしていることに興奮し、手始めに新津の鉄道資料館を訪れてみた。県内鉄道の歴史を学ぶうち、乗りつぶしを兼ねて地域文化や独自の取り組みなどに触れてみたいと決め、実行してみたところ、例えば只見線沿線は、車窓風景もさることながら「地域住民と一体となって手を振る運動」を実践している等、行ってみなければ味わえない感動体験も得た。

新潟めぐりに欠かせない存在の鉄道に歴史やドラマがあると感じるとともに、イザベラ・バードの気分になって、直接見聞きしたことを伝える役割の大切さをかみしめている。しかも、日本海側の中心である新潟が元気になれば、隣県も日本も元気になるとの確信をもって、自身が見聞きしたことを広めていけるよう臨んでまいりたい。

なお、かつて「新潟検定」が実施されていたと伺ったが、幅広の情報を網羅できるとの期待感を持って、その復活を検討いただけないものだろうか。

(たかの ひろみつ)

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第四北越フィナンシャルグループが担う地域経済活性化への取り組み

2018/11/01 :感頭言

株式会社  第四北越フィナンシャルグループ    代表取締役社長 並木 富士雄

平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。

はじめに、本年は豪雨や地震などの自然災害により全国各地で甚大な被害が発生しており、被災された皆さまに謹んでお見舞い申し上げますとともに、被災地の一日も早い復旧・復興を心からお祈り申し上げます。

さて、本年10月1日に、第四銀行と北越銀行は経営統合を行い、両行の完全持株会社である「株式会社第四北越フィナンシャルグループ」を新たに設立致しました。

両行は140有余年という長きにわたり、お互いに切磋琢磨しながら地域そして地域の皆さまとともに成長してまいりました。しかしながら、営業地盤とする新潟県経済の今後を展望しますと、生産年齢人口の減少率や新規事業者の開業率など、いずれも他府県に比して劣勢であり、経済規模の縮小が加速度的に進行していくことが予想されています。加えて、金融緩和政策の長期化、フィンテックに代表される金融とITの融合やデジタライゼーションの進展、経済のグローバル化等、金融機関をとりまく経営環境は激変しており、日々厳しさを増しております。

このような環境認識から、「地方銀行としての役割と使命を将来にわたり永続的に果たしていくためには、両行のそれぞれの強みを生かし、一体となって地域の課題に対処していく必要がある」との共通認識に至り、両行は経営統合という道を選択いたしました。

今後の主な取り組みとして、「法人新規開業率の向上に向けた創業、第二創業に関する支援」、「少子高齢化等に対応した資産承継・相続アドバイス」等の分野において、両行が単独では到達し得ないレベルにコンサルティング機能を高めて皆様へご提供してまいります。また、「県外・海外拠点の新設・拡充」や「地域商社設立」による新潟を代表する農産品・工業製品等の域外への販路拡大やビジネスマッチング並びに観光資源の活性化、「人材紹介会社設立」による一般事業会社様への人材面でのご支援等、事業領域も拡大して、「地域経済への貢献」に全力で取り組んでまいる所存です。

第四北越フィナンシャルグループの今後の活動に是非ともご期待をいただき、従来にもましてご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

(なみき ふじお)

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「住んでよし、訪れてよしの新潟県」の実現に向けて

2018/10/01 :感頭言

新潟県知事        花角 英世

6月10日に行われた知事選挙におきまして、県民の皆様の御信託を得て、このたび新潟県知事に就任いたしました。

私は、新潟県の将来像として、多くの県民の皆様が新潟に住んでいることを誇りに思い、これからも住み続けたいと思える新潟県、そして、多くの国内外の方々が新潟に魅力を感じ、訪ねてきていただける新潟県、そうした「住んでよし、訪れてよしの新潟県」を目指してまいりたいと考えております。

そのために、「安全に安心して暮らせる新潟県」、「元気で、活力のある新潟県」の実現を目指してまいります。

まずは、災害に強い県土づくり、治安の確保など、安心して暮らせる地域社会づくりに全力で取り組み、ハード面の整備とソフト面の対策を一体的に推進することにより、強くしなやかな社会の実現を目指します。さらには、子供を安心して生み育てられる環境、そしてお年寄りの方々が生きがいを持ち、生き生きと暮らせる環境、もしもの時に備えた医療・福祉の充実に全力を注いでまいります。

その上で、新潟でチャレンジするあらゆる方々に対し、きめ細かにサポートすることを通して、活力ある新潟県を目指してまいります。また、新潟の宝、優れた新潟の魅力を新潟ブランドとして磨き上げ、私自らがセールスの先頭に立って国内外に発信し、新潟に人を呼び込むなど、交流人口の拡大に全力を尽くし、地域経済の活性化に繋げてまいります。

本県は、喫緊の課題である人口減少問題への対応をはじめ、多くの深刻な課題に直面していますが、県政の様々な課題一つ一つに真摯に向き合い、「県民最優先」の県政の実現に向け、県民の方々一人一人の声に丁寧に耳を傾け、対話を重ね、知恵を出し合い、それらの力を結集し施策を着実に実行してまいります。

県民の皆様には、ご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

(はなずみ ひでよ)

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不易流行

2018/09/03 :感頭言

十日町織物工業協同組合    理事長      吉澤 武彦

雪ときものの街、十日町。全国屈指の豪雪地帯としても知られる十日町は、古来より半年近く雪に埋もれた生活の中、春を待つ間は糸を紡ぎ、機(はた)を織ることが唯一の生業であり、その技術が脈々と伝えられ、全国有数のきものの産地として発展してきました。その歴史は、麻織物から絹織物への転換、様々な新商品の開発、織物から染物へ進出し、総合産地化するなど常に時代のニーズに応じた変革、イノベーションの歴史といえます。

東京オリンピック・パラリンピック開催まで2年に迫りました。昭和39年に開かれた東京オリンピックでは、その表彰式で華やかな振袖に身を包んだコンパニオンの姿が注目され、十日町産地が友禅染め技法の導入に取り組むきっかけとなりました。また昨今、訪日する外国人観光客が増加する中、十日町にあっても大地の芸術祭などを契機に海外からの来訪者が着実に増えています。日本の伝統文化の象徴であり、十日町にとっては地場産業として貴重な資産である「きもの」の国内外への発信の好機ともいえましょう。

そうした中で、松尾芭蕉の「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」という「不易流行」の俳諧理念の通り、変えるべきものを変え、変えてはならないものを守りながら、変革・革新をくり返し歴史を紡いできた十日町産地の伝統を継承していくことが大切と思います。美しく装いたいという思いは時代を超えた不変の真理であり、きものを通してその思いを叶えさせることが私どもの使命です。先人の汗に感謝しつつ、時代を捉え、明日を見据え、未来を望見し、きものを進化させ続けなければと思っております。

幾多の課題を背負いながら十日町産地は伝統ある地場産業として、地域と業界の期待に応えていく責務があります。伝統を担う創り手としての矜持と希望ある未来を拓かんとする気概をもって、業界の発展に及ばずながらもお役に立てるよう精進し続ける所存です。

(よしざわ たけひこ)

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今こそ新潟港のポテンシャルを活かすとき

2018/08/01 :感頭言

新日鐵住金株式会社 新潟支店 支店長      藤井 邦之

今年度(厳密には平成31年1月1日)、新潟港は安政の開港五港の一つとして開港150周年を迎えます。江戸時代には北前船の寄港地として繁栄し、19世紀後半までは人口が約166万人と全国第一位だったことはご承知の方も多いと思います。

19世紀の日本経済は、第一次産業を中心に展開され、その中で新潟は稲作に適した土地と気候でお米の収穫量が豊富だったとされています。また、日本海に面してほぼ中央に位置することから海路も発達しており、朝鮮半島、中国大陸、ロシアとの交易も盛んで、当時の東京よりも産業が栄え、人もたくさん集まり、まさに新潟が日本産業の中心であったのでしょう。

しかしながら、20世紀に入ると近代化の波が押し寄せ、冬期間の降雪影響もあり、次第に太平洋側での貿易が増え、相対的な地位は低下していったとされます。加えて、戦後の高度経済成長期に産業構造が第一次産業から第二次・第三次へと移行したこともあり、首都圏への人口流出が始まったのでしょう。

とは言え、20世紀中頃から後半にかけては、日本で五番目の面積を有する県土に、全国に先駆け高速道路、高速鉄道、国際空港、国際港湾等の主要インフラが整備されたことは記憶に新しいところです。

元来、農作物やお酒に代表されるように食文化が豊かなことに加え、温泉やスキー場等の観光資源にも恵まれている新潟は「ポテンシャルが高い県」と言われ続けてきましたが、直近のインバウンド需要の恩恵をあまり享受できていないのも事実であり、これら有益な資源を活用した実りある実績を残すタイミングがいよいよ訪れたのではないでしょうか。

現在開発が進められているロシアや中国をはじめとする中央アジアとの交流には、日本海側がその玄関口として大きな意味を持つことは言うまでもなく、さらに北極海航路を活用する場合も日本海側の重要拠点港として果たす役割は相当大きいと考えております。

新潟の将来ビジョンをきちんと描き、この地が再び日本の中心的役割を担うことを視野に入れながら、素材供給メーカーとしてその一翼を支えていきたいと心を躍らせています。

(ふじい くにゆき)

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