新潟県における銀行業の発展⑦─長岡銀行(現・北越銀行)の設立...

2020/12/25 :郷土の近代化を振り返る

京都産業大学   経営学部   マネジメント学科教授  松本 和明 (まつもと   かずあき)  氏

1.貯蓄銀行業務への着手

1890(明治23)年8月に貯蓄銀行条例が公布された。貯蓄銀行は、1948(昭和23)年まで存在していた金融機関あるいは事業形態で、一般庶民に対する勤倹・貯蓄思想の啓蒙・普及と小口預金(当初は1口5円未満)の吸収を目的としたものであり、専業での設立のみならず普通銀行の兼営も認められた。

新潟県で初となる貯蓄銀行は、1895(明治28)年の貯蓄銀行条例の改正に伴い、同年9月に資本金3万円で設立された新潟貯蓄銀行である。初代の専務取締役が鍵冨岩三郎・鈴木久蔵・斎藤庫吉(後の2代目喜十郎)であった。

その後、1897(明治30)年に直江津積塵銀行(95(明治28)年設立・1915(大正4)年解散)および見附銀行(91(明治24)年設立・1922(大正11)年長岡銀行と合併)が兼営したものの、いずれも小規模に止まった。

こうしたなかで、長岡銀行は開業直後から貯蓄銀行業務の展開を志向していた。

開業翌年の97(明治30)年2月以降、支配人の広井一が上京して、安田銀行(現・みずほ銀行)および第百銀行(現在の三菱UFJ銀行のルーツ)で業務について学んだ。

1898(明治31)年2月に大蔵省へ貯蓄銀行業務兼営の認可を申請した。その申請書に、長岡が東山油田の発展や北越鉄道(現・JR信越本線)の建設により将来が有望であるものの、「貯蓄ヲ奨励シ、貯蓄ヲ安全ニ保護スルノ機関完カラザル為メ、人々ノ漸ク儲余シタル金ハ遊蕩費トナリ、奢侈費トナリテ飛散致候事有之、当行茲ニ見ル所アリ、大ニ貯蓄ヲ奨励」(北越銀行行史編纂室編『創業百年史』株式会社北越銀行、1980(昭和55)年)と指摘していることからわかるように、地域の経済成長で金回りがよくなった人々が贅沢になっていることを憂いて、地域の規律を正す意も含めて貯蓄業務の着手を決意したのである。

大蔵省からの認可を受け、同年3月15日から業務を開始した。早々から預金者が多く集まって盛況であった。なお、六十九銀行(同年1月1日に普通銀行に転換)の貯蓄業務開始は2日後の17日であった。

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